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公開:2026/07/30

マチナカ観光・毛綱建築を巡り、太古のロマンを思う

釧路市出身の建築家で、ポストモダンの旗手のひとりとして活躍した毛綱毅曠さん(1941年~2001年)がこの世を去って、今年は25年の節目の年である。

郷里の釧路市にある個性的な建築物の数々は、今なお愛され、風景に彩りを添え、全国のファンを呼び寄せている。
釧路市内でとりわけ“作品”が集中している幣舞の丘でまち歩きをした。
思いがけず釧路の今昔にも触れ、考える機会となった。


7月3日午後1時。
釧路市在住の筆者の友人で、お絵描きが上手なDOKUさんと幣舞公園で待ち合わせ。
毛綱建築を主題に据えたので、この公園から見下ろせる2つの作品である釧路フィッシャーマンズワーフMOOと釧路キャッスルホテルに「行ってきます!」とあいさつして出発。

釧路市富士見商店街が2024年に製作した「釧路が生んだ奇才 毛綱毅曠建築マップ」によると、釧路市中心街には毛綱建築は8作品ある。このうち、釧路川の南側と春採湖の北側に挟まれた高台には、半数以上の5作品があり、遠足気分で観賞できる。

毛綱さんの建築物は内部も独特だが、今回は外観に焦点を当てていこう。

住宅街に潜む「反住器」から出発

まず、幣舞公園からほど近い富士見1の反住器から。

住宅街に溶け込み、目的地にしていなければ気がつかない作品だが、見つけたら最後、驚きの連続となる。1972年に竣工した毛綱さんの出世作である。

8㍍四方の建物の中に4㍍四方の部屋があり、その中に1.7㍍四方の家具があるという、立方体の入れ子構造だ。外壁の三角窓も左右対称で、作り手の主張がにじみ出てくる。

母親のために釧路で初めて設計した住宅の反住器

独創的なデザインを見て、DOKUさんは「住んでみたい。使い勝手が悪いかもしれませんがね」とつぶやいた。

富士見商店街を20分ほど歩いて、春湖台3の旧釧路市立東中学校に着いた。毛綱さんの母校で、1986年に竣工した。現在は幣舞中学校として、後輩たちの学びやとなっている。

屋根にかかる7本の半円アーチが有名だが、すべてを一度にとらえるには、高所から撮影しなければならない。あいにく周辺では、市立釧路総合病院の新棟建設工事の真っ最中。無人航空機での空撮は、またの機会にと、早々にその場を離れた。

博物館から「ノアの箱舟」へ

隣接する春湖台1の釧路市立博物館には、午後2時前に到着した。

1984年の竣工で、羽を広げたタンチョウをイメージしたという外観は、郷土色と相まって神々しい。1985年に日本建築学会作品賞を受賞した。

歴史と記憶を紡ぐ建築物の奥ゆかしさにひたっていると、DOKUさんが博物館前庭にある構造物を指し示して、話し掛けてきた。

「日時計?」

ローマ数字で書かれた文字盤の、午後2時すぎを示す位置に影があった。

「博物館とは無関係かもしれませんが、日の長さはもちろん、夏至、冬至の時期を正確に知ることができていた古代人の知恵に触れたみたいでうれしい」とDOKUさんは笑顔で話した。

さらに東へ向かい、折り返し地点の釧路湖陵同窓会館へ。
毛綱さんの母校・釧路湖陵高校の同窓会館で、1997年の竣工である。

旧約聖書にあるノアの箱舟をイメージしているという作品で、学校敷地内の片隅にありながら、抜群の存在感を発揮している。
DOKUさんは「過去と現在、未来を結ぶ壮大な物語を、建築を通じて読み解かせているのかもしれませんね」と語り、帰路に就いた

複数の櫂(かい)をこいで今にも動き出しそうな釧路湖陵同窓会館

毛綱建築と太古の釧路が重なる

散策する中で、図らずももう一つのテーマとして浮かんできたのが、太古のロマンだった。

擦文時代の竪穴が残されているハルトルチャランケチャシ跡に立ち寄り、一息ついた。その際、DOKUさんから「もう1回、もう1箇所から、幣舞中を撮りにいきませんか」と提案があった。もちろん快諾。

案内されるがまま着いて行くと、擦文時代の人々の営みが残る春採台地竪穴群が現れた。

ため息が漏れた。目の前に、幣舞中の校舎があったからだ。

毛綱建築の旧釧路市立東中学校と、擦文時代の集落跡である春採台地竪穴群

「毛綱建築と史跡は相性がいいのでしょう」としたり顔のDOKUさん。ひょっとすると、毛綱さんも縄文・擦文時代に興味があったのかもしれない。

最後に、浦見4の旧ふくしま医院を訪問した。

竣工年は2000年で、釧路市内における最後の毛綱建築である。これまで見てきた作品と比べると、シンプルなデザインですっきりした印象がある。2004年に第10回釧路市都市景観奨励賞を受賞している。

現在は、一棟貸しの宿泊施設「霧ノ音─KIRI NO OTO─」として稼働している。

幣舞公園発着で約7㌔、2時間30分。
毛綱建築をじっくり回ったのは初めてというDOKUさんは「好天に恵まれたおかげで、日時計にも出くわした」とにっこり。
さらに「毛綱さんは、宇宙と人間との関係性を熟知されていたのでしょう。ほかの作品も訪れてみたい」と述べ、第2回毛綱建築巡りに意欲を示した。

釧路市中心街にある毛綱建築は、大小の差こそあれ、地域のランドマークとして息づいている。まちそのものを唯一無二の空間と捉えると、新しい視点が生まれてくるかもしれない。

一方で懸念されるのは、いずれの作品も築26年~54年が経過していることだ。“朽ちの美”として扱うにはあまりにも輝いている。いかに保存していくのかという議論は避けられない。
(編集部:山本雅之)


フィールドデータ

▽道程
幣舞公園(フィッシャーマンズワーフMOO、釧路キャッスルホテル)
 →反住器
 →旧釧路市立東中学校(現、同幣舞中学校)の東側
 →釧路市立博物館
 →釧路湖陵同窓会館
 →旧釧路市立東中学校の西側
 →旧ふくしま医院(現、霧ノ音)
 →幣舞公園
▽距離 約7㌔
▽所要時間 2時間30分~3時間(休憩込み)

毛綱毅曠(もづな・きこう)

▽略歴
 釧路市出身。本名は毛綱一裕、別名で毛綱モン太。釧路市立東中学校(現、幣舞中学校)、釧路湖陵高校、神戸大学卒。1985年に日本建築学会賞受賞。釧路市湿原展望台、石川県能登島ガラス美術館、くびき駅(新潟県)、丸亀市立城乾小学校(香川県)など、全国各地で作品を手掛けた。2001年、59歳で永眠。

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