マチナカ観光 節目の釧路駅「東西南北」巡り
ひがし北海道の交通の要衝である釧路駅は2026年、二つの節目を迎える。
一つは、明治34(1901)年の初代釧路駅開業から125周年。
当時、釧路―白糠間の延長約28㌔が開通した。
もう一つは、昭和36(1961)年に現在の駅舎が開業してから65周年。
民間の力を活用した「民衆駅」として誕生した。
釧路の歴史に思いをはせながら、南東、北西へと線路が延びる駅舎を主役に据えたまちあるきに出掛けた。
出発前にC58にごあいさつ
7月13日午後1時、筆者の友人で、釧路好き・お絵描きが得意なDOKUさんと釧路市役所防災庁舎前広場で合流。
最高気温は26.4度。今年初の夏日となり「暑い!暑いね」と言いながら釧路駅へ向かった。
途中、幸町公園(幸町12)に立ち寄り、保存されている蒸気機関車C58(愛称、シゴハチ)に「いってきます」とあいさつ。
漆黒の車体は、夏の日差しを浴びて輝いている。

C58は昭和18(1943)年に釧路機関区に配置され、根室本線、釧網本線で活躍した車両だ。
昭和29(1954)年8月の天皇・皇后行幸啓の際には、お召し列車をけん引している。掲示物によると、昭和47(1972)年8月6日に引退したという。
現在は屋根付きの展示で、模造の踏切もある。
凜々しい83歳を前に、DOKUさんは「現在の駅舎とも働いたことがあるんだね」と感慨深げにその労をねぎらった。
南側から始める釧路駅一周の旅
本日のメインテーマは釧路駅だ。
南側から出発して東側、北側、西側を回り、再び正面に戻ると約5㌔のコースを歩く。
南側には正面玄関があり、レンガ調の外壁と、朱書きされた「釧路駅」の看板が特徴的だ。
駅前広場には「動輪碑」「北・大地のうねり」「光る風」、丹頂の透かし彫りという4つの彫刻やオブジェがある。旅の始まりや締めくくりに、鉄道の歴史と地域の自然を感じられる場所だ。
芸術の香りを身にまとい、東へ向かう。


3分ほど歩くと、年季の入った歩行者専用の跨線橋が現れた。
巴(ともえ)人道跨線橋といい、昭和50(1975)年に巴踏切の廃止に伴い開通した。
今年で51歳。駅舎よりは「若い」が、半世紀以上にわたり、地域住民の往来を支えている。

橋の上から駅のホームを撮影すると、ちょうど、特急列車と普通列車2本が並んでいた。
北側で出合う雄別鉄道の記憶
人道橋をわたって駅裏へと向かう。まだまだ日は高い。
少しでも涼しさを求めて、アーケードのある鉄北センターをくぐり、駅の北側に着いた。
車では頻繁に、駅からほど近く、旭跨線橋から延びる道道53号を通過しているが「ここに歩いてきたのも、こちらから釧路駅を見るのも初めて」とDOKUさん。
さらに「外壁は当然、レンガ調だと思っていた」と、いい意味で裏切られた様子。壁の色合いは正面と同じだが、平板な印象で郷愁すら漂う。
DOKUさんの興奮も冷めやらぬ中、北側から見つけやすい木造建築物「釧路駅旧ホーム乗降口」を指し示した。
昭和45(1970)年4月15日に廃止された雄別鉄道の遺構で、釧路市立博物館の戸田恭司学芸員がまとめた「釧路の鉄道遺跡(1)」に詳しく紹介されている。

この旧乗降口は、国鉄線と雄別線の両ホームを連絡していた地下道の一部で、雄別線のホームは撤去されたが、通行不可ではあるもののホームへの階段は残されている、と記されている。
昭和43(1968)年の架設で、稼働したのはわずか2年と短かったが、58歳の今も在りし日の姿を保っている。DOKUさんは「貴重な遺構ですね」と相好を崩した。
鉄道談義が弾む喫茶ラルゴでひと休み
後半戦に進む前に、古書レコード豊文堂/喫茶ラルゴ(白金町1)でひと休み。
ブレンドコーヒーを飲みながら旅程を整理し、ふと店内を見回すと、そこかしこに「釧路」「新得」などの行先板を発見。本日のマチナカ観光と合致していたため、ためらわずに尋ねた。
「マスターは、実は鉄ちゃんですか」
店主の豊川大輔さんは「それほどでもないのですが」とはにかみながら「オリジナルで、こんなものも作っていただきました」と『豊文堂』と記された行先板を披露してくれた。
「『この店に立ち寄りなさい』と、釧路駅に導かれたようですね」とDOKUさん。話が弾んだのは言うまでもない。

西側から眺める、受け継がれてきた風景
名残惜しいが、いくぶん暑さも和らいだので本線復帰。
西側から駅舎を見るために、北中跨線橋へ向かう。
階段を上ると、使用・未使用を問わず6本の線路が延び、その向こうに駅舎と3つのホームを望むことができた。先ほど見た釧路駅旧ホーム乗降口も確認できる。
「受け継がれてきた風景には、新しい建物では生み出せない時間の重みがあり、心地よいですね。125年の記憶を辿った思いです」とDOKUさん。初めて駅舎のまわりを1周した感想をつぶやいた。
西側の北中跨線橋は昭和48(1973)年の架橋で、今年53歳になる。東側の旭跨線橋も昭和38(1963)年に架けられ、63歳。

釧路市は「広報くしろ2024年5月号」で、橋梁の耐用年数は一般的に50年程度とされ、補強等による延命にも限界があると説明している。2つの跨線橋はどちらも架け替えなどの抜本的な対策が喫緊の課題だという。
駅舎も跨線橋も何もかも老朽化、お年を召している。
一周して見えてきた再改造の時期
午後3時20分、釧路駅南側に到着した。
駅正面から見て右手にある駅前小公園(北大通14)で解散。同園は昭和47(1972年)年の完成で、今年54歳になる。
複数のタンチョウが描かれた壁画は、駅前における5つ目の芸術作品ともいえる。名称看板の上部には「釧路市北大通都市改造事業完成記念」と記されていた。
50年以上が経過した釧路駅周辺は、再び改造の時期を迎えているのかもしれない。
釧路駅と周辺施設。目新しいものはないが、味わい深く、風情のある景観を楽しめるのは、いつまでだろうか。
ただ、今しばらくは東西南北から愛でていたい。
古き器は、割ったらおしまいなのだから。(編集部:山本雅之)
フィールドデータ
▽道程
釧路市役所防災庁舎前庭
→幸町公園、蒸気機関車C58の静態保存
→釧路駅南側、4つの彫刻・オブジェ
→巴人道跨線橋
→釧路駅北側
→古書レコード豊文堂/喫茶ラルゴ
→北中跨線橋
→釧路駅南側、駅前小公園
▽距離 約5㌔
▽所要時間 2時間~3時間(休憩込み)





