その他 蔵の記憶
公開:2026/03/16 更新:2026/04/28

伝えたい「蔵」の記憶(481)昭和47年住宅ブーム

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2025.5.5

 釧路市政50周年を迎えた昭和47年の20万都市釧路の住宅事情は、人口の増加に伴う、市街地拡大に対応し8千人が生活する大きな白樺団地が竣工しますが、厳しい住宅事情は続き、解消の為に新住宅市街地開発として愛国西ニュータウン(昭和47年から昭和63年)の造成が始まります。当時の住宅事情は、鶴ケ岱、富士見町、住吉町、城山町などの橋南と白金町、若草町などの鉄北の中心市街地周辺の過密化が進んだため、住宅地は愛国、鳥取、緑ケ岡、春採、桜ケ岡などの郊外へ伸びていきました。

マイホーム特集

 写真は、釧路市内興津地区に造成された新住宅街─はまなす団地、晴海団地を紹介する、昭和47年4月25日の釧路新聞に掲載された特集です。「マイホーム特集・広がる釧路のベットタウン」「今年もより快適なニュータウンをおとどけします」を謳い、マイホームへの夢を誘う太平洋興発の広告です。

 「只今大好評!」と、あけぼの分譲地(釧路市武佐100区画 価格1㎡5899円~6201円)、はまなす分譲地(釧路市興津100区画)、緑ケ岡・学園台分譲地などのスケールの大きな分譲地ほかにオーダーハウスを紹介しています。厳しい住宅事情から逃れ、団らんのある快適な暮らしへと新しい生活スタイルを提案しています。

 昭和47年の住宅ブームは、田中内閣の日本列島改造論により国民生活に夢が広がり全国的に広がります。釧路に於いても基幹産業の好調と人口の増加など市勢の拡大により住宅建築件数が急増し、愛国、春採、武佐、緑ケ岡に新しい街並みが誕生します。

 昭和47年の住宅ブームは、多くの市民の活力の記憶です。

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