伝えたい「蔵」の記憶(480)駅前パチンコ店
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2025.4.7
昭和47年新春の釧路新聞は、同36年1年間の水揚量がライバルの八戸に差をつけて3年連続日本一となり、出炭も新記録を達成して好調持続に自信を深める基幹産業の明るい話題を報道しています。
この新春の明るい話題を反映するように、20万市民の北大通ショッピングストリートや郷土の味などを宣伝する商店街、飲食店の大きな新聞広告。この中に、釧路市内のパチンコ店連名の釧路遊技場組合とパチンコ店の小さな広告が掲載されています。
パチンコ店は、映画館と共に戦後の大衆娯楽として独特の騒音で繁華街末広町の賑わいを支えていました。昭和47年の釧路のパチンコ店を見ると、末広町近辺はマルイチパチンコ、末広クラブ、ナゴヤパチンコ、グランホール。釧路駅前は駅前チャンピオン、アタリ会館。釧路駅裏は新世界ホール、丸金パチンコ、若松センター、有楽、宝海会館。南大通にもゲームセンターとパチンコ店が末広町から分散して営業範囲を広げています。

写真は、釧路駅前の釧正館が見え、飲食店が並ぶ黒金町13丁目のアタリ会館です。同じ駅前の北大通v13丁目の石田ビルは、1階がパチンコ駅前チャンピオン、地下1階が釧路の味石田、2階が喫茶&デザートのテラスローリエと、パチンコと飲食を楽しむビルです。
駅前パチンコ店の賑わいは、市勢の北進と相まってステーションデパート、金市館、ビジネスホテル乙女家、釧正館ほか、土産店、飲食店が軒を連ねる商店街が繁栄した記憶を伝えています。




