伝えたい「蔵」の記憶(464)戦後派若夫婦の記憶
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.12.4
昭和46年の北大通商店街は、戦後の焼け跡から復興した商店街と戦前の名残を留める商店街に釧路デパート、リビングヤスモト、釧路6丁目ビルなどの高層ビルと新築、改築の斬新商店が並び道東の中核都市釧路に相応した近代的な商店街に変貌します。同36年に始まった北大通都市改造事業が大詰めを迎えていました。
近代的な商店街に変貌し北大通商店街では、カラーテレビをアピールする中田電気や駅前商店街で頑張るシンドウデンキ、大目玉市を開催する木原、「茶は長生きの素」と訴える杉本園など厳しい商戦に挑戦する、いろいろな新聞広告が見られてました。

写真は、昭和46年8月10日の釧路新聞に掲載された「われら戦後派若夫婦・和服に魅力をみつけたり」と謳う丸三鶴屋の広告です。広告では、当世全て洋風で新居もしかり、いつも洋装の若夫婦もたまに着物を着てみたら、と何とも言えないムードを醸し出しています。
当時の市民生活は高度経済成長、いざなぎ景気を体験し、カラーテレビ、車、エアコンが新三種の神器と呼ばれ、イス、テーブルの洋風生活が定着していました。が、そこに生活に安らぎをもたらす和風の魅力を伝える着物を提案しています。広告の着物は、着物と羽織が対になった男物八王子アンサンブルと女物伊勢崎アンサンブルで、初詣でよく見られました。
当時の戦後派若夫婦は、戦後生まれで、戦後の物不足から神武景気、岩戸景気、東京オリンピックをはさんで、いざなぎ景気を体験。男性はアイビー・ルック、女性はミニ・スカートなどのファツションを謳歌した団塊の世代ですが、日本古来の着物の魅力も忘れていませんでした。




