伝えたい「蔵」の記憶(463)阿寒太の記憶
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.11.20
大正12年1月17日、釧路と雄別炭山を結ぶ北海道炭砿鉄道(後の雄別炭砿鉄道)が釧路、平戸前、舌辛、雄別炭山の4駅、貨物駅新釧路の1駅で開通します。雄別炭砿からの石炭は貨物駅の新釧路駅の貯炭場へ運ばれ、艀(はしけ)に移し釧路川を下り釧路港で本船に積み込みます。

写真は、昭和32年雄別鉄道に譲渡され、釧路と雄別炭山間の石炭輸送に活躍し雄別鉄道の廃止後、(株)釧路製作所で保存されている蒸気機関車8722号です。(株)釧路製作所のある所は、雄別鉄道新釧路駅があって雄別鉄道が入り、釧路川河岸には広い貯炭場、大きな桟橋もありました。石炭を艀に積み込む場所でした。
大正11年11月28日の中外商業新報が当時の新釧路駅の釧路川河岸の様子について「阿寒太なる貯炭場より50頓積船16隻に積移し70馬力の曳船にて港へ運ぶ」と報道しています。昭和6年の釧路市案内は、「新釧路駅雄別炭砿株式会社海陸連絡、釧路市字阿寒太、私設雄別鉄道の起点にして大正12年11月の開設」と記述しています。
阿寒太の新釧路駅は、雄別炭砿の石炭輸送の中枢の役割を担う駅でした。阿寒太の町名は、昭和7年の字地番改正により古川町に変わりますが、新釧路駅・釧路川河岸での活気溢れる艀への積込作業は昭和20年代中頃まで見ることが出来ました。石炭の積込作業は、釧路港北埠頭での石炭積込ローダーの設置、雄別鉄道の鳥取線、埠頭線開通により艀積が無くなったため、閑散な新釧路駅になったと古老が伝えています。
阿寒太の艀積込は北埠頭のローダーへ受け継がれ、釧路港の活況を支えます。




