伝えたい「蔵」の記憶(342)末広町の映画館街
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.6.29
戦後の末広町の映画館街は、焼跡に再建され、昭和20年12月26日の北海道新聞に開場披露興行の広告を掲載した釧路劇場が最初のようで、その後同21年4月18日に丸三鶴屋3階に文化映画とニュース専門の小劇場文化シネマが開設します。文化シネマはその後ツルヤシネマから末広町4丁目の東宝劇場へ変わります。
終戦直後の混乱期、焼跡から末広町の映画館街は復興します。昭和26年の新聞の映画広告欄を見ると、末広町3丁目に釧路劇場、4丁目に東映劇場、国民劇場、東宝劇場の4館が並び、天然色のディズニーのアニメ映画「バンビ」、嵐寛寿郎主演の「鞍馬天狗」、西部劇の「黄色いリボン」などのスクリーンによって人々は戦後復興を実感しています。
当時の映画は、戦後復興に取り組む市民にとっては楽しい娯楽と共に最新の欧米文化の情報源の役割を果し市民生活に夢と明日への活力を与えています。市民の要望に応える様に、早朝8時開演、料金5円の「日曜映画」に午後8時半開演の「ナイトショー」と上映時間の工夫を宣伝し、映画館は大入りで、市民は座席の確保に悪戦苦闘し外れたら立ち見です。

写真は、昭和36年の映画館街の末広町3、4丁目の住宅地図です。3丁目は、釧路劇場、日活オデオン座。4丁目は、第二東映、東宝劇場、セントラル劇場、映画劇場、スバル座。末広町8丁目にも釧路東映と市内14映画館のうち8館が競い、映画館の周りを飲食店、遊技場などが隙間を埋める様に軒を連ねています。
末広町の映画館街は、繁華街末広町の戦後の賑わいを記憶しています。




