その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(343)釧劇

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.7.6

 釧路劇場は、末広町3丁目(現市民活動センターわっと)に、終戦後間もない昭和20年12月28日、開場披露興行「楽団平和」を上演した。混乱期の市民の娯楽を支え、市民から「釧劇」と呼ばれた映画館です。

 この日の北海道新聞を見ると、「お餅は見込みなし」「神様にもつらい年の瀬」「銀行の窓口に吹くインフレ」などと、戦争は終わりましたが、悲惨な年の瀬を迎える市民生活を伝える記事が掲載されています。戦災前の末広町には、映画のエビス座、東宝と、芝居や演劇の釧路劇場がありましたが戦災で焼失します。焼け野原に再建された釧劇は、年の瀬の市民生活に明るいプレゼントだったかもしれません。

釧劇

 写真は、木下恵介監督の「死闘の伝説」とコメディードラマ「舞妓はん」の看板を挙げ、感動と笑いの映画を上映する昭和38年頃の釧劇です。戦後の釧路市民に笑顔や感動を与え、多くの市民の記憶に残る映画を上映して映画街の賑わいを支えます。

 釧劇は、昭和26年1月13日の北海道新聞にウオルトデイズニ制作「白雪姫」の上映広告を掲載します。総天然色長編漫画は復興期の大人と子供に夢の世界の感動を与えました。そして同32年5月31日、「挽歌」が封切上映されます。釧路映画史空前のヒットが予想され、釧劇は宣伝に大わらわ。同5月27日に釧路新聞も上映を報道し、原作原田康子、監督五所平之助、主演久我美子、森雅之の「挽歌」は、全市民に感動と活力を与えます。

 釧劇は、戦後の混乱期の末広町に灯りをつけ演劇や映画の上映に奮闘した末広町映画街の記憶を伝えています。

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