釧路で開催された「北海道こども博覧会」を知っていますか?

今から48年前、1978年に釧路市で51日間にわたる大規模イベント「北海道こども博覧会」が催されたのをご存知でしょうか。
西港に特設会場をつくり、7月1日から8月20日まで開催されたこども博覧会は、この年の釧路の夏を盛り上げた一大事業でした。
主催は北海道・釧路市・釧路新聞社三者の実行委員会、主管は釧路新聞社が担いました。
当時を記録した記念誌を元に、その様子をちらりと見てみましょう!

西港に巨大な博覧会場が出現!
会場となったのは釧路西港第1埠頭。
規模は64,200平方メートル(東京ドーム約1.4個分)とかなり広大です。
テーマは「ふるさと拓く親と子の広場」。
親と子に夢と楽しさを提供することを念願として開幕したこの博覧会。
会場にはさまざまな展示館や遊戯施設が設けられ、多くの親子連れが足を運びました。
51日間の会期中、観客はなんと40万人!釧路市だけではなく、全道からの来場者も詰めかけました。



主な施設
▼テーマ館
・世界のこども・ロボット館
・ふるさと館
・生活科学館
・200カイリ館
▼特設館
・産業館
・農業館
・自動車広場
・モデルハウス
▼プレイランド(遊園地)
・ジェットコースター
・大観覧車
ほか多数の遊具
▼その他
・ファミリー牧場
・野外ステージ
・食堂、売店
・臨時郵便局…など
全部を回りきるには一日がかりになりそうです。
この中からごく一部ですが、展示を紹介しましょう。
昭和53年の「未来」を見てみよう
世界のこども・ロボット館と名付けられたパビリオンには21体のロボットが集合、子どもたちの人気を集めました。

会場に入るとチラシロボが案内チラシを配ってくれます。
令和の現代から見れば、なんというレトロ!
半世紀後にはロボットが飲食店内の受付と案内を担い、配膳まで自動で行うとは、当時は誰も予想していなかったに違いありません。
技術の進歩はすごいですね。

ロボット展示のほか、このパビリオンでは世界各国の人形展示や子どもの絵画、子どもたちの発明・工夫作品、そして読売ジャイアンツコーナーがありました。
日ハムがまだなかった北海道では、巨人の人気がとても高かった時代でした。
北海道に新幹線がやって来た!
続いて生活科学館に行ってみましょう。
ここでの目玉展示は「国鉄が誇る新幹線・ひかり号」。
国鉄ってなんぞや?という若い世代もいるのかもしれません。国鉄とは、JRが誕生する前の日本国有鉄道のことです。
憧れの乗り物・新幹線を一目見に、多くの人が詰めかけました。

ほかにもずらりと並ぶ鉄道模型の展示には、子どもたちよりもむしろ大人の方が興奮。
そのほか、電気の仕組みを知るコーナーや、フェリーの模型、JALの前身である東亜国内航空のジェット旅客機の模型などの展示がありました。

未来への楽しい夢を描いたもの、それはずばりコンピューターでしょう。
ここのコーナーについては、現在のそれとは比べないことにいたしましょう。
開発とは夢を乗せて走り出す希望の力。
こうなったいいなという48年のたゆまぬ夢と努力があってこそ、今私たちが手にしているスマホやパソコンがあるのですから。

画面越しに相手の顔を見ながら話す、テレビ電話は未来を感じさせる技術でした。
遊園地も出現! 子どもたちの夢の世界
博覧会の楽しみは展示館だけではありません。
会場の1/3を占めるのは、さまざまな遊具を備えた「プレイランド」。
花形はやはり道東では初となるジェットコースター。
この博覧会で使用された遊具施設の一部は、会期終了後に釧路市動物園へと移設されました。


町をあげてのPR
インターネットもSNSもない時代、PRには宣伝塔が立てられ、釧路のみならず帯広や根室など各都市に横断幕や懸垂幕が掲げられました。アドバルーンが飛んだこともありました。
なんとも個性的なポスターもかなり目を引きますね。


48年前の釧路に、こんな夏があった


昭和53年の夏、釧路西港に出現した「北海道こども博覧会」。
記念誌に残された写真を見ると、当時の釧路のにぎわいとともに、未来への期待に満ちた時代の空気も伝わってきます。
今では当たり前になった技術が、まだ夢のようなものだった時代。
普段は港として使われる場所に、巨大な博覧会場と遊園地が出現した51日間。
釧路には、こんな夏もあったのです。(編集部:ごめのすけ)
※写真・資料出典:北海道こども博覧会記念誌(同実行委発行)




