伝えたい「蔵」の記憶(457)旧市役所の記憶
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.9.18
釧路は大正11年8月1日市制が施行され、北海道6市(函館、小樽、札幌、室蘭、旭川、釧路)の中で道東唯一の市であり、当時の人口は4万2673人です。
大正12年8月1日には市役所が幣舞(元市立図書館)に竣工します。市役所庁舎は、モダンな鉄筋コンクリート一部木造の総二階建て(その後、増築)、外壁の腰廻りに御影石を張り重厚感のある庁舎で、「何よりも庁舎2階からの眺めは絶景である。下町の方からはまさにこの街の天守閣に見えただろう」と布施正さん(幣舞歴史跡の散歩道)が記述しています。

幣舞に新築落成した市役所庁舎は、市制施行や、新庁舎建設などを盛り込んだ大正8年の釧路町施設事業計画の実施により近代都市へ変貌し、橋北へ拡大する街並みを記憶します。その後、市役所庁舎は、昭和40年11月、黒金の現庁舎に代わりますが、写真は同46年春、解体が始まる頃の幣舞の旧市役所庁舎です。
旧市役所庁舎が記憶した橋北の街並は、昭和2年に鶴ケ岱浄水場が完成して給水が始まり、橋北から水売りの姿が消えたほか、大規模な火災が減少します。同3年11月3日には壮美を誇る4代目幣舞橋が大釧路の文化のシンボルとして開通。同5年、百貨店丸三鶴屋が開店し近代的な商店街へと発展します。
さらに昭和6年、釧路川の治水工事が完成し、釧網本線が全通し道東の鉄道拠点となります。その後、戦中戦後の混乱期を経て戦災からの復興を果たし、釧路川に溢れる漁船群、釧路民衆駅の開業、北大通都市改造による近代的な街並整備など、半世紀に渡る街並の変貌を旧市役所庁舎は見つめていました。




