伝えたい「蔵」の記憶(436)丸善ビル竣工
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2022.12.5
昭和45年11月21日北大通5丁目西側の商店街は、若い、大きい、新しい、十字街にお買い物広場が生まれると、近代的な店舗に変貌したリビングヤスモトがオープンします。同じ11月21日の釧路新聞に「丸善ビル竣工本日正午オープン」の広告が掲載されます。丸善ビルは、地下1階2・3・4階リビングヤスモト、1階くだもの専門店丸善伊藤・お菓子のつぼや北大通支店・おにぎり・おかずの田谷の店舗がオープンします。丸善ビルの竣工のごあいさつでは、顧みれば先代弥三郎が明治34年11月9日から現地で商いを初めており、丁度、満七十年と創業以来の感謝と西幣舞時代から北大通への街並みの記憶を伝える伊藤商店の新たな決意を伊藤金次郎、伊藤敬之輔の連名で伝えています。

写真は、リビングフェアーの看板の見えるリビングヤスモトと、くだもの伊藤と喫茶店諏江の看板が見える丸善ビルです。
丸善伊藤果物店は、初代伊藤弥三郎さんが函館から来釧して開業し、米、雑貨、酒、石油を扱った。当時の橋北は人家も少なく北大通8丁目あたりは足が膝まで埋まるぬかるみで、明治34年7月の釧路―白糠間の鉄道開通と明治40年函館迄の鉄道全通頃から北大通の様子が変わると、鉄道の延伸による商店街の変貌を、わがマチの人物地図(釧路新聞)が記述しています。その後、戦前の統制時代を経て昭和24年果物店を開業します。
丸善ビルの竣工は、北大通5丁目で創業した明治38年創業の小松金物店、明治42年開業の中山茶紙店等共北大通商店街の逞しい商魂の記憶を伝えています。




