その他 蔵の記憶
公開:2026/03/15 更新:2026/04/27

伝えたい「蔵」の記憶(437)常夏の楽園スカイランド

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2023.1.9

 釧路市の発展を支えた基幹産業の石炭産業は、昭和44年4月の明治鉱業本岐炭鉱閉山、釧路火発計画中止と厳しい経営環境が報道されていました。

 太平洋スカイランドは、昭和44年5月17日に炭鉱住宅が並ぶ春採、武佐地区と桜ケ岡、益浦地区に囲まれ、太平洋の大海原と釧路の街並、釧路湿原が一望できる絶景の青雲台にオープンします。豊かで住み良いヤマづくりに夢を託し厳しい経営環境にも「ヤマは残る」の信念で挑戦する炭鉱マンの夢が実現した福祉の殿堂です。

太平洋スカイランドの広告

 写真は、昭和45年11月21日の釧路新聞に掲載された太平洋スカイランド2期工事の広告です。屋内温水プールと、熱帯樹の茂み、小鳥のさえずりの中のジャングル温泉が完成し、楽しさいっぱい「常夏の楽園スカイランド」。四季を通じて夏を楽しめる夢を与えてくれるレジャー施設の誕生を伝えています。

 オープン当時を知る人は、プール、噴水、アメリカンドックなど、子供の頃のスカイランドでの思い出を、「今のディズニーランドに匹敵する」と語っています。当時としては大人から子供まで家族で楽しめる笑顔と夢が溢れる楽園の様でした。

 昭和45年2月27日には、雄別炭鉱の尺別、上茶路、雄別の3山が企業ぐるみで閉山し、厳しい石炭産業の苦境が伝えられています。この中で、常夏の楽園スカイランドは、厳しい経営環境に挑戦してヤマを守りたいと奮闘する炭鉱マンと家族の憩いの場となり、ヤマの存続を願う釧路市民との交流の場として、厳しい石炭産業を支える活力となります。

前「丸善ビル竣工」    次「昭和45年12月中田電気の広告」

TOP