伝えたい「蔵」の記憶(412)水揚げ日本一
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2022.4.18
昭和44年の釧路市は、先人の偉業をたたえ、次代の発展を誓う開基百年の記念式典が開催されます。北大通商店街は都市改造事業の進展により、釧路駅前のホテル釧正館がオープンし、釧路商工信組新築工事、北大通6丁目のショッピングビル構想などにより近代的な商店街へ変貌し、街の活力を伝える新聞報道が多く見られました。
昭和44年12月31日の釧路新聞は、「豊漁に沸いた釧路港・沿岸・沖合・遠洋漁業・スケソウ・ラッシュ」と水揚げ日本一の釧路港にしんがりの北転船中洋丸が入港し、大晦日の31日には北転船13隻がスケソウを積んで入港し水産基地の面目を示したと漁業の活況と漁業者のバイタリティーを報道しています。

写真は、市場開設以来最高を記録した昭和44年のサケ・マスで溢れる副港の様子です。この年の釧路港の水揚げ量は、サバと北転船のスケソウの豊漁により釧路港開港以来初の52万㌧を記録し水揚げ量日本一、金額で3位となります。水揚高・主要漁業比率表によると、遠洋底曳網漁業55.3%、鯖旋網漁業21.5%、鮭鱒漁業3.4%、イカ一本釣漁業6.2%、中型機船底曳網漁業8.7%、その他4.3%と釧路市史に記述されています。水揚げ量の主役である北転船の活躍によるスケソウとサバは計76.8%を占めています。
釧路が水揚げ日本一になるまでは、八戸が日本一を続けていましたが、釧路を水揚げ日本一に押し上げた最大功績者は、北千島からカムチャッカ半島に広がる北転の海であると「漁業基地・釧路」が記述しています。水揚げ日本一は、魚の街・釧路の盛況の記憶を伝えています。




