伝えたい「蔵」の記憶(428)ふとんの西屋
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2022.9.5
昭和45年頃の北大通7丁目西側は、富士銀行釧路支店、薬の米沢薬局、喫茶大使館、阿部理髪店、ふとんの西屋、スポーツと靴の丸栄中田が並ぶ落ち着いた商店街です。遡って同7年頃の住宅地図を見ると、富士銀行の前身である安田銀行の出張所(現みずほ銀行)、西屋ふとん店と坪田商店、板坂餅店が見られます。ふとんの西屋は、富士銀行(みずほ銀行)釧路支店と共に北大通7丁目西側商店街の長い歴史の記憶を伝えます。

写真は、戦前戦後の北大通商店街の活況と市民生活を支えた西屋です。この、ふとんの西屋は、国松太四郎さんが大正7年に当時真砂町と呼ばれた南大通で創業します、その後、大正6年に釧路駅が移転して間もない西幣舞と呼ばれた現在の北大通7丁目へ移転し、工場も建設して製綿、寝具の製造、販売を始めます。
販売面では、当時は珍しい割賦販売と「蒲団の相場は西屋が決める」と訴える、などと宣伝し、実践する大胆なアイデアを駆使します。さらに、ふとんの西屋は、北大通商店街の苦難が続いた統制経済の戦前戦後に於いてもふとんの生産と配給を実践して市民生活を支えています(わがマチの人物地図)。
戦前戦後の混乱期を経た北大通商店街は、廃業、転業が見られて一変しますが、西屋は、戦後の混乱期も乗り越え、北大通の都市改造事業を契機として店舗を新築し道内有数の寝具専門店となります。
ふとんの西屋は、西幣舞、北大通の記憶を伝えています。




