その他 蔵の記憶
公開:2026/03/13 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(382)東映ボウリングセンターオープン

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2021.6.28

 北大通都市改造事業の開始と釧路民衆駅の完成により中心市街地・北大通商店街の変貌が始まった昭和36年、「山の上」と呼ばれた閑静な住宅街─浦見町(現念法寺)の日赤病院跡に釧路で最初の本格的なホテル、釧路東映ホテルが開業します。

 明治37年に博済病院が開設されて昭和20年には釧路赤十字病院が開院し、同34年に新栄町へ移転するまで、明治、大正、昭和と市民の医療を支えた浦見町の高台の閑静な古い街並みに出現した近代的なホテルは多くの市民に斬新な刺激を与えます。

釧路東映ボウリングセンターオープンの広告

 写真は、昭和41年3月19日付の釧路新聞に掲載された、釧路東映ホテルに併設された「道東唯一、ゴージャスな夢のスポーツランド遂に誕生」と謳う「釧路東映ボウリングセンター本19日オープン」の広告。東映スターがオープンカーで市内パレードして開場記念を盛り上げています。

 レーン上にピンと呼ばれる的が10本、手前に頂点が向く正三角形型に並び、プレーヤーはピンを狙いボールを転がし、倒したピンの数の合計を競うゲーム。友人、家族が手軽に楽しめるスポーツです。ボールに倒されるピンの音、投げたボールが自動的に返送され、倒れたピンが自動配置される光景が驚きと感激を与えてくれました。

 ボウリングは、昭和30年代から人気の室内競技で同45年頃には須田開代子、中山律子等の女子プロが活躍しボウリングブームを迎えます。

 近代的なホテルにオープンした東映ボウリングセンターは、躍進釧路の閑静な住宅街の変貌と賑いをもたらし多くの市民に感動と笑顔を与えた記憶を伝えます。

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