伝えたい「蔵」の記憶(381)昭和40年のイカ漁
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.6.21
魚の街釧路市民の食卓は、春のニシンとマス、夏のサンマとスルメイカ、秋のアキアジとシシャモ、冬のマダラと季節を伝える豊富な魚で賑わいますが、特に庶民的な価格で人気のサンマとイカの漁模様を市民も注目し、幣舞橋から見えるサンマとイカ漁船の群れと夜の釧路沖の漁火に季節を感じます。
釧路沖のイカ漁は8月から盛漁期を迎えますが、昭和40年のイカ漁は前半の不振を後半で挽回し前年同期の3倍の1万8千㌧の水揚げを記録します。豊漁のイカに喜ぶ市民の様子を「特にめだつ箱買い」「盛んな自家用スルメ作り」と同40年11月8日付けの釧路新聞が報道しています。

写真は、スルメイカを天日干しにしてスルメに加工する市内の水産加工場の光景ですが、前年は全くの不漁でしたので昭和40年のイカの豊漁は、一般家庭でも軒下や空き地で自家用のスルメ作りが盛ん見られ、刺身、一夜干し、煮付けなどで市民の食卓を賑わせ、「魚屋もニコニコ顔」とイカの豊漁の喜びを新聞が伝えています。
道東海域のイカのほとんどがスルメイカですが、統計を見ると昭和34年から同38年まで豊漁が続き同39年が不漁で同40年から昭和44年頃まで豊漁が続きます。同40年のイカの値段は一箱(50~55杯入)が300円から800円で取り引きされ、イカ一杯の小売り値が10円から20円で主婦を喜ばせています。
魚の街釧路では、漁業の豊漁、不漁により漁業関係者だけではなく市民生活の活力も変わります。昭和40年のイカの豊漁は、魚の街釧路と市民生活に笑顔と活力を与えた記憶を伝えます。




