伝えたい「蔵」の記憶(377)山の上から下町へ市庁舎移転
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.5.17
昭和40年11月8日の鉄北と橋北を結ぶ旭立体橋の開通は、モータリゼーションと鉄北・鳥取地区の交流の進展に対応すると共に、中心市街地の街並みを変貌させます。さらに同12月6日には黒金町に近代的な釧路市庁舎と釧路市消防庁舎が落成します。写真は、地上5階、地下1階で前庭の広い市役所庁舎です。

旧市役所庁舎は、釧路に市制が施行されて1年目の大正12年8月1日にアイヌの人たちの聖地幣舞町に開庁した鉄筋コンクリート造2階建の近代的な建物です。幣舞の高台の市庁舎は、まさに街の中央に位置し、市勢の拡大により賑わう西幣舞(現北大通り)の街並みと停車場、釧路港が見渡せる絶好の場所です。
当時の釧路の街並みは、釧路港と共に活況を呈し多くの商店や商社、銀行などが軒を連ねる中心市街地の真砂町(現南大通り)から橋北の鉄道の街西幣舞への市街地の拡大に対応した都市基盤整備が課題でした。今後の都市計画については「市庁舎を中心として諸般の施設を行うも一策」と釧路新聞が提案、報道しています。
山の上の市庁舎は市民のシンボル的存在として戦前戦後の市民生活を支えますが、戦後の急速な人口増加と市街地の拡大に対応した庁舎機能の在り方、市の将来の展望、市民の利便性、それに相応した環境などを考慮し、民意を反映した新たな市役所庁舎が下町の、釧路市最初の停車場所在地である「鉄道の街」黒金町に移転します。
山の上から下町への市庁舎移転は、市勢の活力と近代化の取り組みによって変貌する釧路の中心市街地の街並みの記憶を伝えます。




