その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(339)トキワグリル

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.6.1

 末広町は、字地番改正により命名された昭和7年から戦後まで多くの釧路市民が憩いの場として楽しんだ繁華街です。平成9年6月30日、末広すずらん通り名店街(現オリエンタルプラザ前の通り)の創立40周年記念誌「翔」が発行され、戦前と戦後40年の末広町の歩みを写真と商店主の思い出話で紹介し、焼け野原となった末広町の復興の様子を伝えています。

昭和40年ごろのトキワグリル

 写真は、記念誌「翔」に掲載された昭和40年頃の末広町5丁目(現オリエンタルプラザ付近)は小松商店、トキワグリル、藤倉商店が並ぶ商店街で、近くには、キャバレーニュー東宝、割烹喜水などの飲食店、映画の東宝、セントラル、映劇やパチンコ店などが並ぶ繁華街です。

 洋食のトキワグリルは、末広町の戦後復興を記憶しながら釧路市民に笑顔で親しまれたレストランです。小林正吉さんが浦見町の割烹老松の一角で洋食店を開業し、昭和21年、釧路商工会議所ビル一階(現・元日銀釧路支店)でトキワグリルの店名で営業を始めました。同24年対岸の労働会館に、同27年末広町5丁目に移転、同30年栄町4丁目に別館開業。その様子を小林信保さんが「翔」で伝えています。

 トキワグリルの洋食は、戦後の混乱する市民生活に新しい文化の味を伝え笑顔を与えました。昭和36年4月6日の釧路新聞に掲載されたトキワグリルの広告は、「明るく清潔なホールでおいしい洋食を」と謳い夢が広がる洋食を提案しています。

 トキワグリルは、戦後の末広町の賑わいを支え多くの市民に人気の洋食屋さんです。

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