伝えたい「蔵」の記憶(203)衣料品切符
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2017.3.13
昭和16年12月8日、アメリカ海軍の重要基地であるハワイの真珠湾を奇襲し太平洋戦争が始まり、戦時体制が強まり、貯蓄奨励、消費節約、生活改善などが実施されます。同17年2月1日衣料品の「総合切符制度」が実施されます。戦時の衣料生活の簡素化と繊維の消費節約の為に、繊維製品を買うにはお金と衣料切符が必要になり、市民生活と商店街が混乱します。

写真は、衣料品切符制実施により混乱する北大通り商店街を伝える、昭和17年2月3日の釧路新聞の記事です。統制経済の中で衣料切符制度が実施され、市内の衣料品店は、早晩企業合同、転業、廃業を余儀なくされて混乱が予想される北大通り商店街の様子を「苦悶の表情、日毎に強し、成行きに委すのみの業界」と報道しています。
衣料切符制度は、一家に割り当てられた点数切符により、背広50点、ワイシャツ12点、タオル3点など商品に付けられた点数の切符と現金で購入します。戦時の北大通り商店街は、満州事変に続いて太平洋戦争となり、暗い時代が続きます。生活必需物資は極度に窮屈になり、国民生活に耐乏を強いた。衣料品切符制度実施により、「商売に競争が無くなり経営に面白味が無くなり、率先して廃業を決意した」と七十年の歩み(丸ト北村)に記載されています。
北大通り商店街は、各商店が特色を発揮し市民生活に潤いと楽しみを提供する商店街でしたが、統制により商品の配給機関となり点数切符ラベルが目立つ閑散とした商店街光景に変貌し受難時代を迎えます。




