伝えたい「蔵」の記憶(199)歳末売出し廃止
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2017.2.6
昭和13年4月、国家総動員法が公布されて戦時経済体制が確立しますが、一方市民生活は、「ぜいたくは敵だ」というスローガンの下で節約が奨励され、消費生活は切り詰められます。当時の市民生活の様子を伝える「煙草飢饉の買い溜め」「マッチ飢饉」「闇取引お客も罪あり」「経済統制違反者は銃後国民の恥辱」などの記事が釧路新聞に掲載されています。

写真は、昭和14年12月13日に開催された商工会議所の商業者組合の会議が、年末年始売出し廃止を決めた記事です。市内の各業者代表を集め年末商戦自粛協議の中で、例年大々的に大売り出しをやる呉服屋さんが品薄の関係で本年は一切の売出し廃止を決め、各業者もこれに追従した、と報道しています。生活物資の供給が逼迫し、商人が英知を絞り顧客と共に楽しむ大売出しが出来ない状況のようでした。
昭和15年8月に、米、みそ、砂糖などの生活必需品10品目は切符による配給制が実施されて生活必需品への政府の統制が厳しくなります。
北大通りの老舗丸ト北村呉服店の70年の歩みの中で「生活必需品は極度に窮屈になり、統制経済は酷しさを加えていた。衣料品は切符による配給制度に変わった。経営に面白味が無くなった。売ってやる式の恩着せがましい売り方で、独自の企画性を発揮する途がふさがれた」と戦時の北大通り商店街の様子を伝えています。その後丸ト北村呉服店は、商売を止め店舗を部隊兵站(へいたん)に提供します。
年末年始の売出し廃止は、物不足の市民生活と商が出来ない北大通り商店街の危機感の記憶を伝えています。




