その他 蔵の記憶
公開:2026/03/07 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(185)昭和7年 北大通

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.9.26

 「12間幅の坦々たるメインストリート。直線美空高く描く高層建築。橋畔から駅まで14丁の近代明色を拾って歩けば、世紀末的憂鬱はさらりと解消して、意気天を衝く商業中心地たるプライドに、旅人はほのかな畏怖を感じるであらう。北大通は街の心臓であるといふことに盡」。町名改正が実施された翌年、昭和8年1月1日の釧路新聞に掲載された北大通街並の紹介です。釧路市民の「我が街の自慢」の北大通への思いを伝えています。

幣舞橋橋上から望んだ北大通

 写真は、市制10周年記念アルバムに掲載された、幣舞橋橋上から北大通を遠望した写真です。幣舞橋から釧路駅へ向かう12間幅(21.6㍍)の直線道路。道路沿いに並ぶ電柱と二つの電灯を備えた街路灯、道路を走るバス、タクシー、商店の看板と昭和5年に開業した道東初の百貨店丸三鶴屋が並ぶ商店街は躍進釧路の自慢の光景です。

 昭和7年に発行された釧路市大日本職業別明細図を見ると、同3年竣工の4代目幣舞橋北橋詰西側は、同4年竣工の望楼を備えた消防本部があり、北大通2丁目に青果問屋の槙塚出張店、同4年開業の丸松国松ふとん店、水産乾物の角田商店と靴の角田商店、明治43年創業の安藤印舗が並ぶ。北橋詰の東側は、同4年開業の陶器のヤマワ売店、大正15年創業の青果問屋坂下果実店、丸一河野支店、川手洋装店、藤森自動車、八百善土屋が見られます。

 昭和7年の北大通は、時代と共に変化をした釧路の中心地市街地変貌の記憶を伝えながら市制10周年を迎えた新しい時代の記憶も伝えています。

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