その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(148)市役所竣工

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.11.23

 大正11年8月1日釧路に市制が施行され東北海道の拠点都市誕生です。人口は、4万2673人で室蘭市の人口5万2558人に次いで6番目です。

 これに先立ち人口の増加と市街地の拡大が続く釧路町では、大正8年に釧路町施設事業計画を策定し近代的な都市造りに取り組んでいます。写真は、大正12年8月1日幣舞町(現市立図書館)で竣工した役所です。

大正12年、幣舞町の市役所庁舎

 庁舎新築の沿革を見ますと、大正3年頃より洲崎町にあった町役場の移転新築を決めています。種々の事情で実現できませんでしたが、市役所と市立病院の敷地が確保できたので着工できたと、佐々木米太郎市議の報告が同12年8月の新聞に掲載されています。庁舎、市立病院新築は施設事業計画の一つでした。

 庁舎は、鉄筋コンクリート造の総2階建、外壁の腰回りには御影石(十勝産)を張ったモダンなデザインです。場所は幣舞橋畔の高台に位置し、鉄道の拠点の停車場、海上運輸の拠点釧路港、未開の原野と釧路川など釧路の全てが見渡せる、躍進都市釧路を象徴する庁舎です。

 市街地が川を渡って西幣舞へ年々広がり、洲崎町の町役場は街はずれに取り残された感もあったようで、市役所庁舎の新築は、釧路の中心市街地が伝統的な真砂町から新興の西幣舞へ北進を加速させ、その後の都市計画の中心的建物となります。

 西幣舞は、昭和2年の上水道の完成、釧網線開通、昭和3年の幣舞橋竣工など都市基盤の充実により商社、銀行、商店街、歓楽街が発展し中心市街地の都市の機能が集中します。 

 市役所は、昭和40年11月に黒金町に移転しますが、半世紀の西幣舞を記憶しています。

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