その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(130)五十万石流出

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.6.1

 大正9年8月8日の釧路川・阿寒川の氾濫による記録的な大洪水は、「鉄道被害甚大、大楽毛橋墜落、釧路川鉄橋危険」が釧路新聞の号外で報道されています。

 被害調査を見ますと、別保で最大増水時に13尺、鉄道鉄橋付近8尺、幣舞橋川岸付近6尺と予想がつかない水量です。避難所は公会堂他3カ所設置され、収容避難者8434人に炊き出しを実施など、災害状況を釧路新聞が報道しています。

釧路川の木材流送

 洪水で最も大きな被害を受けたのが木材業者でした。写真は、大正5年頃の釧路川の木材流送の光景です。釧路は明治期より木材集散機能を果たし、釧路川、阿寒川、鉄道により木材が搬入し木材や製品を港から搬出し木処釧路と呼ばれていますが、釧路川沿、港の土場の大量の木材が洪水の被害に遭います。

 釧路新聞号外に、大量の木材の流出は予想外で「材木五拾萬石流失」と驚きの様子を伝えています。釧路川沿の日本楽器、三菱、三井、長谷川の工場の土場が崩壊し「一時は河水面全く木材で埋め尽くされた、富士製紙が最も被害が大きく阿寒川、大楽毛川などの流送の木材を併せと五拾万石以上」と被害状況を報道しています。

 実際には20万石と判明と釧路市史に記載されていますが、莫大な損害です。流失した木材の行方を「津軽海峡を越えて青森へ」と「…青森県下北郡白糠村、上北郡泊村付近…押し寄せたるもの約八千石に達したり…」と洪水のすさまじさを釧路新聞が報道しています。

 木材の流失は、木材業者に打撃を与え倒産する業者が続出し、木処釧路の転換の記憶です。

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