伝えたい「蔵」の記憶(129)洪水の西幣舞
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2015.5.25
大正9年8月10日の深夜に釧路川、阿寒川が氾濫して釧路市街は未曾有の大洪水に襲われ、釧路川沿いの茂尻矢、西幣舞が冠水します。洪水に襲われた様子を釧路新聞の号外は「橋北の大部分濁流に浸され家屋流失鉄橋木橋危険其の他悲報頻々」と凄まじい洪水と幣舞橋落橋の危機のうわさ、一夜かがり火の下に幣舞橋大警戒などの緊迫する街の様子を報道しています。

写真は、大洪水を記録した絵葉書「釧路水害実況」の一枚で、現在の末広町5丁目のオペラ館付近の出水の様子です。当時の繁華街の浸水した道路を水を漕いで歩く人、浸水した家も見えます、未曾有の釧路川の氾濫により一大湖沼化したと新聞は報道をしていますが、橋北地区の冠水状況を見ますと頓化(現浪花町)の一部を除き橋北地区全体が冠水しています。
西幣舞の浸水の状況は、公設市場より旧停車場(現錦町から黒金町)、新停車場より西幣舞巡査派出所、大通5丁目小松金物店、4丁目拓銀出張所、3丁目村上分店、2丁目丸井洋物店が浸水し各商店いずれも店頭浸水のため商品家財の運搬準備と、北大通商店街の緊迫する被災の様子を報道しています。
水は一週間も引きませんが、釧路停車場方面の低地浸水は6尺以上もあり、人民の労力寄付により排水路を掘削、橋通(現北大通)の片側に溝を掘り排水するなど洪水の復旧に取り組む西幣舞の様子を新聞が報道しています。
洪水を契機に釧路川を岩保木より分流し新釧路川を開削する治水工事が実施され、西幣舞街並の発展を支えます。




