伝えたい「蔵」の記憶(115)三上運送合資会社
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2015.2.16
明治時代初期の釧路の街並みは、釧路川の水運と釧路湊(みなと)が結ばれて釧路川左岸沿いに街並みが拡大していますが、同34年7月釧路鉄道、釧路・白糠間が開通し、釧路川右岸の西幣舞に釧路停車場が開設します。釧路鉄道は帯広まで延伸し、同40年旭川・帯広間の開通により旭川経由で釧路と函館が結ばれます。鉄道と港が結ばれた釧路川右岸の西幣舞に鉄道を中心とする街並みが誕生して道東の開拓拠点都市釧路の新しい時代を迎えます。

写真は、釧路の有名商店の広告を掲載した釧路港実業家名鑑明細全図(明治43年発行)に掲載された三上運送合資会社の広告です。住所は釧路港西幣舞4番地、釧路停車場に近く、現在の三ッ輪ビルが建っているところです。商標は、「三ツ輪」で、営業科目は、鉄道貨物取扱業、船舶荷客取扱業、運送艀下業。鉄道、船舶への艀(はしけ)を使い荷物積降と旅客を生業とし、北前船の拠点富山県の伏木への定期航路の取扱いもしています。
三上運送合資会社は、明治30年十勝川河口の大津村で三上貞治が創業した回漕(かいそう)店でしたが、鉄道が大津を通過しなくなったため、十勝の雑穀を取り扱う橋本清助商店は鉄道が開通した釧路へ同37年移転をします。橋本清助商店の艀回漕、船内荷役を引き受けていた三上運送店は、大口の荷主の釧路移転に合わせ釧路停車場近くへ移転しています。鉄道の開通により西幣舞には、運送業を中心として木材、雑穀を取り扱う商店、商社などが進出して、橋南地区と違う都市機能を持った街となります。




