本の山の奥に、釧路の記憶が眠る―北大通「古書かわしま」へいざ行かん

北大通のメインストリートに、入り口が少し奥まったガラス張りの一風変わった建物がある。
軒先には本棚、本が詰まった箱。
本好きはすぐに古本屋だとアンテナが反応する。それもクラシカルな、まるで神保町の古本街の一角を切り取ったようなたたずまい。
すっかり釧路の目抜き通りの風景の一部となった、古書かわしま。ここは、この町になくてはならない知の宝庫である。
あふれ返る本の山
ガラスの引き戸を開けて店内に足を踏み入れる。
古本独特の、止まった時間の匂いがする。
日の当たる入り口付近には、「暮しの手帖」や「芸術新潮」などカラフルな表紙の雑誌が積まれている。新品同様の美品も多い。2階へ続く階段横には食関連、音楽関連の本が多く並ぶ。現代風のけばけばしいタイトルはなく、しっとりとまとまりのある背表紙を眺めているのは心が落ち着く。
文学だ文芸だ史書だという本の持つ堅苦しさに抵抗のある人でも気軽に手に取れるものが多い。

さあ、店の奥地へ向けて、ここからが密林への冒険である。
何という本の数だろう。通路はどこだと目が迷うほどの本、本、本! とにかく圧倒的な物量だ。棚に収まりきらず、床に積み上げられた段ボールがいくつも重なり日の目を見るのを待っている。

裏に隠されてしまった本棚を見たい場合は遠慮なくどかして構わないとのこと。まるで宝探しだ。時に希少な絶版本がしれっと棚の中に居たりもするので油断はできない。
扱う本は芸術から娯楽、文学、思想、哲学、児童書、産業、歴史、文庫に新書ととにかく多種多様である。ただし、店のスペース的にコミックの取り扱いは少ない。
豊文堂から古書かわしまへ
古書かわしまの前身は、2003年に駅裏にある豊文堂の分店として誕生した「豊文堂北大通店」。その頃から異彩を放つ古本屋として北大通になじんでいたのは多くの人が知るところだろう。大型店とは違って、流行の本が半額になっていたり、安価な値段で投げ売りするような店ではない。
豊文堂の故・豊川社長の引き抜きで北大通店の店長となった川島さんは、長年この本の山を見守ってきた人でもある。
2020年秋、豊川社長の他界を機に店と在庫を引き継ぐ形で独立。
店名は「古書かわしま」となった。
豊文堂時代から、川島さんは「かわしまくん」の愛称でおなじみだったという。
この店名になったことに、常連たちは皆「それしかないだろう」という納得しかなかったのは想像に難くない。
店名が変わっても、そこにいる人と本の濃密さは変わらない。むしろ、店主の個性があふれ出る看板となったのではないだろうか。
釧路の歴史が息づき、まちの記憶が眠る棚
この店で力を入れている自慢の棚を聞くと、郷土誌関連だと川島さんは胸を張る。釧路や道東、ひいては北海道の歴史や産業、文学など土地に関した貴重な本の数々がぎっちり詰まった棚は、長い年月を過ごしてきた時代の証人たちが静かに息づいているようだ。
樺太文学、アイヌ民族や文化に関する書籍の数々、町内会や学校の記念誌や年史、地元の文芸誌や同人誌など、一般に流通していない貴重な資料がやや雑駁に並んでいる。その一冊一冊が誰かの暮らしや土地の記憶を抱えたまま、次に開かれるのを待っているようにも見える。

「地元の本を大事にしたい」と川島さんは言う。仕入れはほとんど一般の人々や、地元の蔵書家からの依頼による買い付けだ。
釧路の本が、釧路の店に、釧路の人から集まってくる。
並んでいる本のセンスがどことなく自分の趣味に似通っている気がするのは、道東の文化が長い時間をかけて循環している現れではないかーー。


店主との雑談もひとつの楽しみ
寡黙に己と向き合い棚を探索するのも楽しいが、なんとなく本を読みたい気分という時にはぜひ店主の川島さんに声を掛けてみよう。読みたいものや好きなジャンル、作家を挙げると、おすすめの1冊を選んでくれる。
以前に面識もない初対面の客から「私の容姿から判断し、何か本をおすすめせよ」という荒唐無稽なリクエストに応えたことがあるという川島さん。こういうエピソードを聞けるのも楽しい。

初めてこの店を訪れた時に、勇気を振り絞ったことを思い出す。おそるおそる引き戸を開け、おどおどしながら奥に進み、本の数に圧倒され、レジがどこにあるのかが分からず、不安でいっぱいになりながら棚を眺めていた。
それが今や、「まいどー!」の声とともに店内に入り、山積みの本を勝手に漁り、さんざん冷やかし行為を働くまでになった。
最初の一歩さえ踏み出せば、壁など幻だ。
おすすめされてみた
最後に自分も「1500円くらいで、ノンフィクションを」という条件だけ出して、1冊探してもらうことにした。
川島さんはすぐに何か思い浮かんだようだったがすぐには動かない。「あ、店に在庫がないなあ…」というつぶやきを聞く。この人、AIか何かですか。それとも脳内に記憶の宮殿を持っている某探偵ですか。

ややあって出てきたのは、『大島渚1960』という単行本。
ノンフィクション、サブカルチャー、昭和。筆者の好みを網羅しつつ、あまり詳しくない映画ジャンルへ誘い込む見事な推薦である。
これはお見事。有名どころはあえて外し、棚と客の気配のあいだで差し出してくるセンスは抜群だ。
なお、川島さんは本の虫であると同時にかなりの映画マニアでもある。映画好きの人はぜひ歓談に花を咲かせてほしい。
古書かわしまは、ただ本が雑多に多い店ではない。
本の山の中には釧路の記憶が、道東人の好みが、洗練された趣味が、マニアックな偏愛が埋まっている。
そしてその奥に、川島さんという案内人がいる。
足の踏み場ってどこ? そういやレジはどこ? と思いながら奥地へ進み、気付けば自分の知らない本の背表紙に誘われている。
いざ行かん、迷宮へ。(編集部:ごめのすけ)

告知!
6月5~7日の期間、古書かわしま2階のくしろ港町ギャラリーにて「くしろの日。」が開催されます。京都の雑貨店、同じく京都ホホホ堂のオモシロイ本(5、6日)、浜中のアロマオイル(6、7日)、なつかし館蔵のおやきや珈琲などお買い物が楽しめます。5日の雑談会は残念ながらチケット完売です!




