HEAT VOICEミュージックヒストリー⑫ヒートボイスとザ・プロジェクト
釧路にあって世界に羽ばたくボーカルデュオのヒートボイス(目黒広幸、伊藤カズヒロ)は30年以上にわたり、釧路で暮らす音楽愛好家らに刺激を与えている。
老若男女を問わず、地元で働きながらの二刀流、全道のライブハウスで腕を磨く武者修行、上京してメジャーデビューを目指すなど、「夢を正夢に」と挑戦している。
そもそも、釧路は戦前、戦後を通じて音楽が盛んな港町だ。
中でも、戦後復興と歩調を合わせるように活況を呈した歓楽街では、キャバレーやナイトクラブ、ダンスホールがこぞって専属バンドを抱え、連日連夜、生演奏で酔客をもてなした。
経済成長を追い風に、歓楽街のにぎわいも右肩上がりだったが、平成に入ると漁業不振や景気低迷で衰退し、接待を伴う大型店は軒並み閉店した。
必然的に専属バンドも解散することとなり、楽器をやめる演奏者も少なくなかった。
ヒートボイスが結成した1995年からの数十年は、ちょうど釧路の音楽愛好家が地元で楽曲を披露する機会が著しく減った時期と重なる。
逆境下での船出だったが、地域に根ざした音楽活動の展開、釧路発のオリジナル曲の発表、全国規模の音楽コンテストでの高評価などによって、他に類を見ない存在となった。
2010年11月7日には、道立釧路芸術館で結成15周年ライブを開き、釧路のみならず、道内外からも詰めかけた約200人のファンを沸かせた。
父が率いるベンチャーズバンド
ヒートボイスの節目の公演から1カ月後の2010年12月10日。
同じ会場で、釧路のアマチュアバンド「ザ・プロジェクト」がクリスマスライブを行った。
ザ・プロジェクトは2003年、伊藤さんの父の伊藤昭さん(アキラ)がリーダーとなって立ち上げたザ・ベンチャーズのコピーバンド。リードギターのアキラさん、リズムギターの小山リュウイチさん、ベースの菅野タダシさん、ドラムの菊池トシヒコさんの4人編成で、くしろ港まつりのステージなどで演奏してきた。
クリスマスライブは初の単独公演で、「1965年のベンチャーズライブ」を再現、30曲以上を演奏した。
かつてアキラさんは18歳で、末広町にあったナイトクラブの“箱バン”でプレー。ギタリストとして名を挙げたが、店じまいを受けてギターをしまい、炭鉱マンとして働いた。
その後、2000年頃に釧路市内で行われた、ザ・キッパーズ、スリーファンキーズなど1960年代に活躍したバンドの演奏に触発され、20年ぶりにギターをケースから出し、タダシさんらと演奏を再開した。
2010年のクリスマスライブ直前、釧路新聞社の取材に応じたアキラさんは「息子の活躍が何よりの刺激」と話し、カズヒロさんの奔走とヒートボイスの実績を意識し、励みにもしていた。
ライブ当日の会場は立ち見が出るほどの盛況で、約140席がほぼ満席。疾走感あふれるナンバーで、聴衆を魅了した。
この日、FMくしろでの収録後に駆けつけたカズヒロさんは「なかなかかっこいい親父を拝むことができた。大成功、大勝利」とたたえた。

古希、喜寿を迎えても現役
ザ・プロジェクトは2026年9月末現在、創設メンバーのアキラさん、タダシさん、トシヒコさんに、リズムギターの佐藤ヒサシさんとキーボードの菊池ルミコさんを加えた5人編成で活動している。
古希、喜寿を迎えた演奏者によるベンチャーズの実力派コピーバンドは全国的にも珍しく、2015年にはベンチャーズの初代ギタリストのノーキー・エドワーズさんを釧路に招き、共演も果たした。

ヒートボイス同様、地域密着型の音楽活動を手掛け、気がつけば結成23年になるザ・プロジェクト。
今年は4月29日に喫茶えいが館(末広町12=現在休業中)でワンマンライブを開いたほか、6月15日には釧路港に寄港したクルーズ船「クリスタル・シンフォニー」の見送りバンド演奏も行った。
ベンチャーズサウンドは甲板の旅人たちにもなじみ深く、拍手喝采の船出となった。
最長老78歳のアキラさんは「一年一年が勝負。体が動く限り続ける」と生涯現役を誓っている。

支える息子、願う父子共演
カズヒロさんは、ザ・プロジェクトのライブ開催時は裏方担当。音響や撮影で、オヤジたちの演奏を支えている。「ベンチャーズサウンドは子守歌だった」と懐かしむ。
改めて、ヒートボイスとザ・プロジェクトのツーマンステージの予定はないのかと聞くと、間髪入れず「今も現役で頑張っている親父たちと、みんなが元気なうちに早めに、一緒にベンチャーズのギター共演をしたいと思っています」と答えた。
一般的に親子共演といえば、親が有名人で、子どもが売り出し中という構図を思い浮かべるが、釧路の伊藤親子については知名度はとんとん。
アキラさんは2年後、傘寿になる。寡黙な父は、親孝行を待っているかもしれない。
(編集部:山本雅之)

次回は10月20日に掲載の予定です




