公開:2026/09/16 更新:2026/09/28

鉄オタの世界⑫「昭和の根室本線新富士駅(その1)」

私は1978年9月から国鉄新富士駅に勤務しました。職名は構内係です。
当時の新富士駅の仕事をご紹介します。

新富士駅の仕事のほとんどが貨物列車でした。
駅舎に近いところに貨物線があり、そこにワムなどの有蓋貨車が留置され、荷物の積み下ろしが行われていました。

一方、十條製紙釧路工場まで引き込み線が伸びていて、紙製品を発送し、またパルプをつくる際の薬品をタンク車で工場内に搬入していました。

最も取り扱いの多かったのは石油製品です。

配属される前年、釧路開発埠頭西港線が開通しました。釧路西港の石油基地から十勝、北網方面などへ石油を運ぶのですが、その中継基地が新富士駅でした。

24時間勤務の構内係の仕事をみてみましょう。

朝、出勤してまもなく午前中の入換作業が始まります。
釧路操車場からDE10と北網方面からの空タンク車、それにワフと呼ばれる緩急車(時にはヨの緩急車)が到着します。
空のタンク車は、釧路西港の石油基地に返却するため、釧路開発埠頭への受渡線に突放(とっぽう)します。

突放というのは、機関車が貨車を押して動き出し、まもなくブレーキをかけると連結器を解除された貨車がそのまま惰性で走る行程のことを言います。その突放された貨車に構内係が乗って、決められた位置にブレーキを操作して止めたり、その先にいる貨車に連結させます。

釧路西港の石油基地から20両前後の石油製品を満載したタンク車が新富士駅に到着します。
するとDE10がすばやくタンク車群に取りつき、大楽毛方面へ引き上げます。この20両前後のタンク車は、行先がバラバラです。そのため、列車別に振り分ける入換作業が必要になります。

新富士駅から出ていた石油製品を運ぶタンク車

そこで新富士駅の場合、留置線と1番線から4番線を使い、列車毎にタンク車を振り分けます。
例として、午前2時ころに新富士駅を出発して十勝方面へ向かう5270列車は2番線、中斜里など北網方面へ向かう列車は4番線などなどです。

大楽毛方面で引き上げられたタンク車は、操車係の指示で突放します。
その前に構内係の一人は、操車係に言われたタンク車の切り離し準備をします。

まず、両方の貨車のエアホース(ブレーキをかけるために車両の両端に付いているホース)の根元にあるレバーを閉めて、空気の流動を遮断します。
そしてタンク車のエアホースとエアホースを結んでいる金属製の継手のようなものがあるのですが、それを手で上部に押し上げます。
すると「ポン」という音とともにエアホースが離れます。空気を遮断したとはいえ、もともと空気が凝縮されていますので、切り離すことでホース内の空気が一気に放出されるため大きな音がします。

そのあと連結器のピンを〝てこ〟で上げて、タンク車の連結器同士が離れるようにします。
あとは操車係の合図でDE10が動き出し、適度なスピードになったところでDE10がブレーキをかけると連結器のはずれたタンク車が惰性で走り続けます。
続きは次回にします。(鉄道大好きおじさん)

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