伝えたい「蔵」の記憶(483)栄町公園
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2025.7.7
昭和47年8月1日釧路市制50周年記念式典が、市同年記念事業として新装された栄町公園を会場に開催されました。写真は、釧路の半世紀の発展を記憶する沈床式公園の栄町公園です。

大正11年8月1日釧路市に市制が施行され、道内では札幌、小樽、函館、旭川、室蘭と共に道内6大都市の1つに数えられます。市制が施行されたこの年の釧路市の人口は4万2673人でしたが、半世紀を経た昭和47年には20万1213人の道東の拠点都市です。
「歴代市長に見る釧路市市制施行50年」(昭和47年7月15日釧路新聞掲載)よると、50年の市政の動向について、市長は4代目から地元人選出に転換し、激しい政権争い展開。しかし、市の台所はいつも火の車、といった厳しい状況が伝えられています。また、主な歴代市長をたどると、初代二木千年、2代岡本佃、3代酒井隆吉。昭和8年、4代佐藤国司は地元から選出され、6代、8代を務めます。財政基盤改善に取り組み、支邦事変、太平洋戦争勃発・終戦の混乱期の市民生活を支えます。
9代菊池三之助は、昭和21年7月に就任し生活物資の確保、引揚者、復員者などの苦難切り抜けに努力します。民主選挙により就任した10代佐熊宏平は、戦災復興土地区画事業、釧路・鳥取合併、日本銀行釧路支店の誘致など戦後復興に取り組み、11代と12代も務めます。13、14代を務めた山本武雄は北大通都市改造事業に着手し北大通商店街の近代化に取り組みます。同40年11月には昭和生まれで37歳の山口哲夫が15代市長に就任します。
市制施行50周年は、戦前戦後の混乱と相次ぐ災害の中で20万都市釧路を願望した市民の記憶と歴代市長の記憶を伝えています。




