伝えたい「蔵」の記憶(452)ひっそり散った朝日桜
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.7.17
昭和45年の釧路は、「雄別炭砿の雄別・尺別・上茶路の三山閉山」、「釧路西港着工」、「北大通り都市改造でビル建設旺盛」などの景況の大きな変化を伝える新聞報道が見られます。「道東戦後40年史」も、新しいものと古いものが交代して景況が激動する同45年釧路を「西港着工と閉山の嵐」と記述しています。
激動する昭和45年、新聞記事の記述の中に、「ひっそりと姿を消した釧路の地酒朝日桜」があります。釧路の清水を代表する地酒として永年愛された「朝日桜の蔵元・朝日酒造が同11月18日釧路税務署へ免許取り消し申請」との記事が見られました。

写真は、39年の歴史を閉じた銘酒朝日桜の記憶を伝える酒蔵です。この朝日酒造の酒蔵が見える住吉町は、「四面丘稜をもって囲まれ、随所に清水湧出するものあり。…住宅地として最も佳良なる地域にして住み心地よき土地なり」と「釧路市郷土史考」に記述されています。
湧水を利用し、大正8年銘酒「七福」を醸造した二木酒造が創業しますが、昭和7年朝日酒造が受け継ぎます。朝日酒造は、創業者深谷助太郎さんが「敷島の大和心を人問わば、朝日匂う山桜」の和歌を思い出し、「朝日桜」と命名し銘酒朝日桜の生産が始まります。(わがマチ人物地図より)
ひっそり散った朝日桜が育まれた、かっての四面丘稜に囲まれた、清水湧出する街並は、釧路市営球場、釧路市立星園高等学校の建設により変貌します。朝日酒造は戦後の混乱期を乗り越え、甘口が特色の味わいは「多くの愛飲家を魅了した銘酒」と古老が記憶を伝えています。




