その他 蔵の記憶
公開:2026/03/15 更新:2026/04/27

伝えたい「蔵」の記憶(441)北大通こんなに変わった③

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2023.2.20

 昭和35年頃の北大通9丁目商店街は、西側に衣料品の大二佐藤、小西酒店、呉服の老舗岡野絹物、衣料品の中山、天下の甘焼、辻見茶店。東側に大国屋ふとん店、仏壇の善光堂、まことや履物店、衣料の赤虎、渡部金物店など戦前からの老舗と戦後の店舗が並び、当時は北大通商店街の一等地として駅前商店街に続く第一銀座商店街の賑いを支えていました。

 しかし、昭和36年4月の北大通9丁目西側の火災を契機に同37年、「耐震構造の地下1階地上3階の上林ビルが建てられた」と(わがマチの人物地図)に記述されています。当時の北大通で新築された耐震ビルは、36年完成の釧路民衆駅と野村證券くらいですから、北大通9丁目に完成した上林ビルは、近代化へ向かう北大通商店街の始まりのようです。

 昭和40年頃の北大通9丁目の住宅地図を見ますと、西側の商店街は、岩下電器商会、日本航空、日本交通公社の看板が見える上林ビルと小西酒店、大二佐藤が見られますが、45年12月7日、9丁目西側の小西酒店と大二佐藤の店舗に代わり地下1階地上5階の釧路商工信組のビルが完成してます。商店街が一変しビジネス街に変貌して商店が見えない商店街がとなりました。

北大通9丁目西側

 写真は、ビジネス街を思わせる釧路商工信用組合、上林ビル、岩下電器商会が並ぶ昭和47年頃の北大通9丁目西側です。東側は大国屋ふとん店が善光堂の新築により消え、まことや履物店、衣料の赤虎、早川時計店、渡部金物が並んでいます。

 商店が消えた商店街の誕生は、北大通の将来を暗示するかのような変化の記憶を伝えています。

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