伝えたい「蔵」の記憶(421)天麩羅のはげ天
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2022.7.4
昭和45年の末広町4丁目の歓楽街は、戦後の賑わいを支えた釧路東宝、セントラル劇場、オリオン座の映画館が並んでいたのが丸三鶴屋の新館に変わりました。末広町4丁目東側の釧路映劇、スバル座の街並みは、キャバレーアカネ、紅花、銀馬車、ベラミ、かじか、などの小さなスナックと飲食店が並ぶ小路や、娯楽センター、グランドホールなどの遊技場が映画館を取り巻まいていました。

写真は、末広町4丁目の「天ぷら一筋に生きる」と味が自慢の天麩羅のはげ天です。小さな飲食店が並ぶ中に店主の似顔絵を描いた大きな看板が目立っています。和風の店内は、かすりの着物に赤いたすきの店員が花を添え、カウンター越しに店主が自慢の天ぷらを揚げながら雑談が楽しめる気楽な天ぷらの専門店です。
はげ天は、帯広が本店で昭和35年に農業の街から漁業で賑わう釧路に支店を開設し、同43年には灘万食堂の前に新店舗を開設します。天ぷらは、魚介類、野菜などの食材に麦粉を主体として包み油で揚げて調理する日本料理です。魚が豊富な漁業の街で新鮮な食材を使い、食感の良い揚げたての天ぷらが好評で、「はげ天の味は逸品」との評価を得ます。
当時の末広町は、多くの飲食店が所狭しと軒を連ね、市民だけでなく、周辺の町村からも訪れ、威勢の良い漁師の人たちも飲食や買い物を楽しむ「道東一の繁華街」と言われていました。その中で、天麩羅のはげ天は、自慢の本格的な天ぷらの味を新天地釧路の中心繁華街末広町に持ち込み繁盛します。賑わう繁華街末広町の一つの魅力の記憶を伝えています。




