伝えたい「蔵」の記憶(396)オリエンタルホテルオープン
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.11.8
昭和42年の釧路市は、人口19万1626人を記録します。街並みは、釧路民衆駅、市役所新庁舎の完成、北大通都市改造事業などにより、道東の拠点都市として近代化が進み、人、物の交流も活発でした。当時の人の交流を支える釧路の旅館、ホテルの状況について、「相次ぐ旅館の開業」「特にホテルが少ない」などを同42年4月8日の釧路新聞が報道しています。

その中で、写真のオリエンタルホテルは、人の交流と市民生活交流の発展を期待し、昭和43年7月13日市役所隣りの幸町にオープンします。6階に深夜2時まで営業するレストランシアターと、洋食バイキングのフランス料理レストラン、バーを配置。全室バス、トイレ付の洋室20と和室のほか、3階の洋大宴会場、2階の和食堂と和大宴会場、早朝7時から営業する1階のスナックと洋マンモス宴会場が整備されており、その斬新さに市民が驚きました。
「ご婚礼、宿泊はもとより、豪華な大宴会から気軽なパーティーも、ご家族連れのお食事も全て承ります」とオープン広告でアピールし、オープン記念に6階ラウンジでディナーショーを開催しています。デラックスなオリエンタルホテルは、旅行者との交流の場や、大宴会場での会費制結婚式の会場として人気を博し、食べ放題のバイキング料理は市民生活に新鮮な感激を与えています。
市役所庁舎の隣りにオープンした近代的な都会の文化を伝えるオリエンタルホテルは、市民生活のオシャレな交流の場ともなり、道東の拠点都市釧路の躍進の記憶を伝えています。




