伝えたい「蔵」の記憶(392)グリーンフェスティバルの思い出
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.10.4
昭和40年代の日本の消費は、T(時)P(場所)O(場合)という言葉が使われるような豊かな国となり、昭和元禄と呼ばれる消費文化が花開くと「日本のファッション300年絵巻」(戸板康二著)が絶え間なく変化を続けるオシャレの華やかな歴史を強調しています。釧路でも昭和42年4月15日の丸三鶴屋は、斬新で軽快な春の新しい売り出し催事第1回全店春の百貨祭り「グリーンフェスティバル」が開催されました。
店内は、グリーンのポスターで春を演出し、売り場にはグリーンフェスティバルの為に準備した大量のお買い得商品が並び、開店初日を迎えます。開店と同時に売り場はお客様で溢れ、商品の山が見る見るうちに小さくなり、お客様と店員の熱気が売り場に溢れていました。

写真は、第1回グリーンフェスティバルが開催された昭和42年頃、丸三鶴屋と靴の足立、大和証券、アカシヤ薬局が並ぶ北大通4丁目東側の商店街です。が、その後は都市改造事業の進展により丸三鶴屋の店舗と商店街が整備されていきます。
私は、昭和42年3月末、丸三鶴屋に入社し何もわからない中で、第1回グリーンフェスティバルを体験します。商品の説明も出来ない、包装もダメな店員から商品を買って頂けるのが不思議でしたが、お客様の笑顔によって丸三鶴屋が長年にわたり培った「顧客第一の精神」の重大さを痛感させられます。
その後の私の丸三鶴屋での仕事の基本となりました。昭和元禄と呼ばれた時代に開催された第1回グリーンフェスティバルの新鮮な熱気は、大量消費時代の記憶を伝えています。




