伝えたい「蔵」の記憶(335)北大通り東3丁目
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.5.4
北大通り3丁目東側商店街は、昭和4年に開設された平和市場を中核として、戦前から多く市民に親しまれ北大通り賑わいを担っています。同11年発行の釧路市信用案内図を見ると、平和市場、高砂タクシー、ハマノ薬局、よし屋、東京堂、料理の恵比寿屋などが軒を並ぶ賑やかな商店街でしたが、同20年7月14日の釧路空襲により焼失します。
終戦で混乱する昭和21年8月に平和市場の仮店舗が開設されて、戦後の北大通り3丁目の復興が始まります。戦後の急激な経済変動と統制、物不足の苦難を経験して復興した北大通り3丁目の商店街は、同30年頃には戦前を越える賑わいを見せています。その頃の住宅明細図を見ると、平和市場を中核として宮地菓子舗、山下書店、村上金物店、マルタミ衣料店、喫茶ポルカなど戦前には見られ無い商店が並んでいます。

写真は、昭和35年頃のアーケードの有る北大通り3丁目東側の商店街と同33年完成の丸勝(奥)です。同21年8月に仮建築が再建の始まった平和市場、山下博史さんが同22年創業した山下書店、同3年南大通りで創業し同22年北大通りに開店した村上金物店、大正8年弥生町で創業し戦後間もなく北大通りに開店した佐藤呉服店が戦後の混乱期を乗り越え復興しました。
写真にみえる平和市場(中央)と、明治チョコレート、リポゴール、メガネのカネヤスなどの大きな宣伝看板が商店街の勢いを伝えています。活力ある北大通り3丁目の商店街は、多くの市民に様々な思い出を伝えています。




