伝えたい「蔵」の記憶(333)戦災を免れた商店街
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.4.20
昭和12年発行の「釧路観光案内」(釧路商工会議所発行)は、「北大通りは大履高樓(たいかこうろう)櫛比(しっぴ)せる新興街でありまして当市の繁華中心」と自慢の商店街を紹介していますが、同20年7月14日の釧路空襲により北大通り1丁目から5丁目東側は、末広町、栄町、川上町と共に焼野原になります。
しかし、戦後の混乱期を乗り越え北大通りは戦前の名残を留めながら、丸三鶴屋とマルト北村の増築、マルカツビルの完成によって戦前を凌ぐ勢いの商店街となります。市民生活を支える北大通り商店街は、昭和36年に始まった北大通都市改造事業によりさらに変わり始めます。

写真は、昭和36年頃の戦災を免れた戦前の名残を留める店舗が並ぶ北大通り6丁目東側(現セブンイレブン)の菓子の千秋庵、大谷時計店、玩具の白川商店、肉の高橋商店が並ぶ商店街です。ドーム型の屋根の千秋庵は、やま親爺、カニもなかなどが並ぶ菓子の老舗です。店舗は同12年建築され、北大通り5丁目の三角屋根の小松金物店と並んだ光景が「市民の自慢だった」と古老が語っています。
創業が昭和7年の大谷時計店は、改装された店舗に時計が見えます。店舗に白川商店と大きく看板を揚げた玩具店は、戦前戦後の混乱期に子供達に夢を与えた玩具の老舗です。隣の洋風の店舗は、戦前は老舗の前原書店でしたが、戦後の食糧事情が厳しい同23年開店した高橋肉店で、2階の東家と共に市民に人気の店です。
戦災を免れた商店街も、戦前の名残を記憶しながら逞しく市民生活を支えています。




