その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(310)喫茶店で展覧会

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.9.23

 戦後の混乱期における釧路の文芸は、食糧難や、住宅難や、闇市に群がる人々の混乱の中で、戦後復興への取り組みや、アメリカから輸入された華やかな文化、思想の自由と新しい価値観から始まりました。昭和21年2月設立された北東文化社の総合雑誌「北東文化」創刊が市民文化向上に大きな役割を果たしたことを釧路市史が記述しています。

 釧路市統合年表に記述された戦後の文芸活動を見ると、昭和24年は「北方文芸」が創刊され、佐々木武観が戯曲で活躍し、釧路公会堂が釧路市公民館に改められます。昭和28年から釧路市民展がはじめられるなど戦後復興期の文芸活動を伝えています。

労働会館

 写真は、釧路川右岸(現河畔駐車場)に戦後、労働者の福利厚生施設として建設された労働会館です。公民館と共に市民の文化活動を支えていました。昭和30年は釧路市文化賞が創設され、「北海文学」に原田康子作の「挽歌」が連載されます。「挽歌」は同31年単行本が東都書房から刊行されてベストセラーとなり、釧路市民の文化活動が盛り上がります。

 昭和31年12月27日の釧路新聞が報道した「釧路人は展覧会がお好き」が当時の市民の文化活動への盛り上がりを伝えています。喫茶店「ポルカ」や「モカ」ギャラリー、労働会館、公民館などが常に満員状態で、100回を超えて開催された個展、写真展、詩展は、会場不足の為に「会場は殆ど喫茶店で開催された」と報道しています。

 コーヒーを楽しむ喫茶店で展覧会の開催は、復興を乗り越えて新しい文化に意欲的に取り組む市民の活力の記憶を伝えています。

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