その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(311)映画帰りのお楽しみ

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.9.30

 戦後の食糧事情は、昭和20年から25年飢餓段階、同26年から30年戦前水準復帰段階、同31年から40年近代化段階と、食生活の変化が「変わりゆく食生活」(田崎龍一味の素中央研究所)に記述されています。

 昭和32年1月10日の釧路新聞「余塵」には、食糧不足の時代と食糧の豊富になった時代のパン業者について米の代用品からおいしいパンづくりへと転換していく取り組みを紹介しています。食糧事情が改善された釧路市民の食生活の変化を窺わせています。

有名飲食店の広告

 写真は、昭和32年1月10日釧路新聞に掲載された北大通り、末広町の有名飲食店の広告が、当時の市民の食生活を伝えています。茶の間で卓袱台を囲む一家団欒の光景の時代に「新年の御会合や映画のお帰りには…」のキャッチフレーズで外食を呼びかけています。

 ナイフとフォークを使う洋食のトキワグリル、とんかつ洋食A1(エーワン)と、子供から大人まで楽しんだラーメン・ワンタンの銀水、ラーメン・焼きそばのばってん、高級な味を楽しむ名代寿しの江戸っ子と東寿し、老舗八千代寿司、和食の釜めしとおでんのかわ瀬、天ぷらのたむら、老舗の東家。有名飲食店が名前を連ねています。

 家族が気楽に楽しめるラーメンとそば、少しおしゃれな洋食、くつろいで楽しむ和食が揃い、市民の食生活の楽しみが増えています。

 昭和32年の釧路は、原田康子の挽歌の映画ロケが市内で行われ映画ブームを迎えます。戦後復興を乗り越えた市民が、映画の帰りに家族、友人と食事をしながら楽しい時間を過ごす様子は市民の食生活が新しい時代を迎えた楽しい記憶です。

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