伝えたい「蔵」の記憶(298)不景気と丸三両角呉服店
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.6.24
大正11年は、7月17日摂政宮殿下(昭和天皇)行啓の感激に加え、8月1日釧路に市制が施行されて、より道東の中核都市釧路の近代化が促進された年です。しかしながら、国内経済は同11年から昭和2年に至る間世界的不況で国内経済が混乱して商況は振るわず苦難の時代を迎えます。

写真は、昭和2年6月1日の釧路新聞に掲載された、丸三両角呉服店の広告です。「丸三季節品特価大売出」のタイトルで特売品の価格を表示しています。当時の商店の広告は、多数入荷、続々入荷などの商品入荷情報を主としていますが、丸三両角呉服店は商品の価格を表示して他店との違いを顧客へアピールしています。「薄利絶対と現金主義」「良品の廉価販売」を創業精神とする両角栄治さんは、明確な価格表示で他店と違う顧客サービスを実践しています。
開催店は、真砂町丸三両角呉服店、西幣舞丸三両角支店の他に西幣舞丸三両角洋品店です。急速な発展を遂げる西幣舞に新しいタイプの洋品専門店の店舗を開き顧客サービスを差別化しています。
世界大戦の影響による不景気、大正12年の関東大震災、昭和2年の金融恐慌と厳しい商況の時代に丸三両角呉服店は、斬新な戦略と顧客第一で健闘します。「この大不景気に處して我各店は何ら異常なく克く難局を突破し、一層店礎を強化したことは実に仕合せと言う可ぎりである」と著書「追憶五十年」は、厳しい状況を乗り越えた実感にとどまらず、共に苦難を乗り越えた番頭さんの名前を記述して謝意を述べているのが印象的です。




