伝えたい「蔵」の記憶(247)五大水産会社進出
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2018.4.2
釧路の戦後復興に貢献したしたのが、サバの豊漁です。戦後の食糧危機の中で動物性蛋白質として水産物は重要な役割を果たしています。新釧路市史年表の昭和25年を見ると、「サバ旋網漁業が引き続き好調を見せる」、「漁業基地化が進み全国より外来船来集する(サバ・サンマ漁船)」、「水産界がサバ・サンマ魚粕魚油生産の為活況を呈す」、「水産加工場の臭いが来釧する人々から指摘される様になった」、と漁業に関する事が記載されています。
釧路の夏はサバの大漁で沸きに沸き、来る日も来る日サバの陸揚げが続き、錦町岸壁だけで捌きれずに入舟岸壁、北埠頭にも陸揚げされます。写真は、漁船が係留する錦町岸壁。魚市場と日本冷蔵、密集する魚問屋が見え、サバブームに賑わっています。

昭和25年の8月中旬に、「水揚げは5百万貫と前年の3倍近くに達した」、「サバを処理する加工業者はもう獲らないでくれと悲鳴をあげた」、「運搬業はフル回転の運搬で3日も寝ない馬車屋も出てきた」とサバブームを伝えています。(道東戦後四十年史)サバを山積みして運搬するので道路にバタバタとサバが落ちて、ハエと悪臭に市民は悩まされます。
サバの豊漁を機に、大洋漁業、日魯漁業、日本水産、極洋捕鯨、日本冷蔵の五大水産会社が釧路へ進出します。大手水産会社は、1万頓の冷凍母船を入港させ、ミール工船を岸壁に横付けし50万貫のサバを処理し冷蔵、製氷、加工に威力を発揮します。
五大水産会社進出は、記録的なサバ豊漁と水産釧路の活況を伝える記憶です。




