その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(231)北大通り復興

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.10.23

 戦後の市民生活は、インフレーションの進行と食糧品などの生活物資の統制により厳しい状況が続きます。当時の釧路の商業状況は「北大通、稲荷小路には青空市場と呼ばれたヤミ市場が出現、軍服や食糧品、それにラッキーストライクなど洋モクが売られた。羊羹1本10円、卵1個2円50銭、洋モク1箱20円の相場。月500円生活の市民にはデパートの特選品より高価だった。外部だけ焼け残った鶴屋デパートの1階で物々交換会が開かれ軍靴がデンプンあめに化けた」(釧路市史)。こうした混乱のなかで、商店街の復興が始まります。

丸三鶴屋の広告

 写真は、昭和23年4月8日の北海道新聞に掲載された「新装なった2階売場本日開店」を宣伝する丸三鶴屋の広告です。商品名、値段はありませんが、1階は食料品、菓子、化粧品、2階は衣料品、家具、金物、時計、交換会、3階は映画、喫茶と売り場案内、毎週火曜日定休、映画は無休と営業日を案内しています。

 丸三鶴屋は、昭和20年9月に店内焼跡を整理して営業を再開し、物資交換会、喫茶部、映画館と、3階の一部に市立博物館を設けて市民に好評でしたが、厳しい統制の中で商品が並ぶ売場完成の小さな広告はデパート復興が一歩前進したことを物語っています。

 老舗丸ト北村呉服店は、昭和22年3月平和市場で営業を再開します。商品は、僅かな真綿とフェルトの製品だけでしたが12月31日営業を終了した時には正月用の商品が残ってなかったと再開の様子を伝えています。

 2階売場開店の丸三鶴屋の広告、丸ト北村呉服店の営業再開は、復興へ取り組む北大通り記憶です。

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