伝えたい「蔵」の記憶(225)新日本建設
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2017.9.4
昭和20年8月15日の終戦から最初の正月を迎えた、同21年1月1日の北海道新聞の紙面に見られる記事は、新日本建設、日本文化の再建と創造、民主主義を語るなど戦災、終戦から復興に取り組む釧路市民の様子を伝えています。
「われ等の前途は洋々として拓けたいざ進まん新日本建設へ」。過去の一切を滅却して今新生日本は胎動する…。年賀広告が掲載され、終戦後の新しい時代への希望と期待を提案しています。

写真は、昭和21年新年の世相を伝える年賀広告です。食糧難が続く中で、七福神の大黒天が新日本建設は「食糧増産」と会社の決意を伝えています。戦争が終わり、穏やかな新年を迎え平和を感じさせる新年に、北洋無盡株式会社は貯蓄推進を謳っています。生活物資の不足と闇屋の横行は、商業人と釧路市民の苦悩でした。丸三鶴屋は新日本建設「明朗商道」と混迷する商業の苦悩を正す決意を伝えます。
広告は、戦後の経済活動が戦前の厳しい統制経済から自由経済に体制が変わりますが、経済の混乱が続く中で戦後復興へ挑戦する逞しさと力強さを伝え、戦前・戦中の厳しい状況を体験している釧路市民に明るい夢と希望を与えています。しかし、新聞紙面は、「誰を恨む米無正月」「どん底の食糧危機」と厳しい状況を報道しています。昭和21年の危機対応について、「和衷協同勤勉協力撓みなき努力は必ず逆境を切り拓き幸運挽回す」と著書「落葉」で両角栄治さんが述べています。
新日本建設は、戦争、戦災、終戦を体験した釧路市民の復興へ挑戦する記憶です。




