その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(224)パラダイス

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.8.28

 戦時復興に取り組む昭和22年は、混乱が続く中で六・三制教育、預金封鎖、新円切り替えなどが実施され新時代の苦難が続きますが、釧路市民はたくましく復興に挑戦します。

 苦難が続く昭和22年7月、平和市場の東側に面し、釧劇の隣の戦災で焼け野原となった末広町三丁目(現パステルパーク)にイベント広場を備えた馬蹄形をした新しい商店街が誕生します。商店街の名前は「パラダイス」です。同じ場所の同11年釧路市街図を見ると、えびす座、横浜亭、カフエーキングが並ぶ繁華街です。戦前の繁華街の復興が始まります。

 終戦まもなくの北大通り3、4丁目付近は、露天商が並び、戸板に商品を並べたり、戸板で屋台を作り飲食店や衣料品店、おもちゃ屋などさまざまな商売が見られ、面白いほど売れたと伝えています。奥に 袋小路のパラダイスがあり当時釧路で最も活気がある所だったと「わがマチの人物地図」が伝えています。

7店連合の売出しチラシ広告

 写真は、パラダイスに店舗を持つ畑衣服店、湊屋衣服店、浅野衣服店の名前が見える7店連合の売出しチラシ広告です。「第一回衣料共同大特売会」釧劇横釧路パラダイス─来る12月5日ヨリ15日マデ。お買上げサービス券が付きの斬新なアイデアが見られる年末売出しを宣伝しています。チラシ広告の年は分かりませんが、パラダイスは昭和22年7月に開業し、同27年6月に稲荷小路へ変わりますので後半の年代のようです。

 パラダイスは、戦後の復興に挑戦する釧路市民の憩いの場と繁華街復興の記憶です。

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