伝えたい「蔵」の記憶(188)バスガール
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016.10.17
昭和7年の字地番改正は、釧路に新しい時代を感じさせる事業でした。釧路駅と幣舞橋を結ぶ西幣舞大通は、北大通と改称され、近代的建物の丸三鶴屋、老舗の丸ト北村呉服、市民の台所平和市場などが軒を並べ近代的なイメージを感じさせる街並みが見られます。昭和初期の近代的な北大通に目立つようになったのが、大衆化した乗合自動車、タクシーです。
昭和初期の自動車については、「躍進的大発展せる釧路中心の自動車、市内は賃金低廉でいよいよ民衆化」と自動車時代到来を昭和3年8月14日の釧路新聞が報じています。

写真は、昭和12年発行の釧路観光案内に掲載された乗合自動車(バス)と当時の女性が憧れた職業のバスガール(女性車掌)です。制服姿で並び自動車の普及と職業婦人と呼ばれた女性の社会進出を伝えています。
大正14年4月設立の釧路乗合自動車㈱が中古のT型フオード3台を購入し運行したのが釧路の乗合自動車の始まりで、同15年6月釧路駅構内営業が許可されています。バスガールは、同9年東京で登場します。仕事は、乗降ドア開閉、運賃精算、停留所の案内、車両後退の誘導ですが、丁寧なサービスを求める利用者のニーズと自由とモダンの風潮により登場し、女性の社会進出の先駆けの仕事です。
昭和12年ごろのバス路線は、市内線、鳥取線、春採線、昆布森、別保、鶴居線が釧路駅と北大通り十字街を起点として運行しています。
制服姿のバスガールは、悪路で揺れ動く車内で笑顔と美しい声で新しい時代の職業婦人の記憶を伝えています。




