伝えたい「蔵」の記憶(183)十銭費ふか
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016/9/5
昭和初期からの不況は市制10年を迎えた昭和7年頃もまだ厳しい状況の様です。同8年1月1日の釧路新聞に掲載された「昭和8年新視野の展望」の中で、「今年こそ、今年こその掛け声ばかりは毎年高いが更にパットしない年ばかりを送る事数年、緊縮風は隅から隅まで容赦なく吹き捲り、『不景気』『不況で』と云うのが誰にも通じる合言葉」と釧路の不況の様子を伝えています。

写真は、カラ景気でも線香花火景気でも良い、景気よ来いと景気回復を期待し昭和7年4月13日釧路新聞掲載された、西幣舞大通西屋寝具店の広告です。「1日僅か十銭の割合、即ち1カ月金3円宛(ずつ) 10カ月の月賦払いで絹布の布団を得られます」、と謳った蒲団の月賦販売の宣伝です。十銭硬貨と、十銭費(はら)ふか、オツト勤倹の宣伝文は、物価高騰時代を反映し消費者の心を動かした戦略のようです。
月賦販売は、昭和初期の大阪方面で、物は欲しいけど一括で買うほど現金は無い庶民に支持された月賦百貨店が誕生し、家具などの耐久消費財購入に利用された代金の支払い方法です。西屋布団店は、十銭を費ふか、倹約するか、と消費者に呼びかけ、珈琲が一杯50銭の時代に30円の高級絹布の販売戦略に月賦販売を打ち出しています。
当時の代金決済の商習慣は、現金払いの他に掛売が多く決済方法も月末、お盆、年末などでしたから斬新な販売戦略で顧客獲得を図っています。西屋寝具店の広告は、不景気に立ち向かい顧客動向を先取りし、最新情報を実践した西幣舞大通の記憶です。




