伝えたい「蔵」の記憶(171)西幣舞中心市街地
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016.6.6
昭和5年頃の釧路市街図で西幣舞の街並みを見ると、釧路停車場と幣舞橋を結ぶ西幣舞大通りには、多くの商店、旅館が並び、通りの西側(現錦町、黒金町、幸町)は、鮪の豊漁で賑う魚河岸、雑穀の集散地で活況を呈する鉄道、運輸の街並みが頓化まで続いています。
東側は、幣舞橋上流の釧路川右岸は埋立地が現在の旭橋付近まで見られ、現在の末広町、栄町、川上町の2丁目、3丁目付近は、木材置場、魚干場、空き地が見られます。現在の末広町、栄町11丁目、12丁目付近には湿地が広がり新開地の様相も見られますが、幣舞橋から西幣舞大通十字街(現北大通り5丁目)付近は、活況を呈する新進の中心市街地が見られます。

写真の市街図は、昭和5年頃の中心市街地、現在の北大通り1丁目から5丁目市街図です。
西幣舞の中心市街地は、昭和4年開業の平和市場と昭和5年9月開業の丸三鶴屋百貨店を中心として、西幣舞で創業した丸ト北村呉服店、中山茶紙店、伊藤米穀店、安藤印舗、ヤマワ陶器店、松並家具店、金安時計店など有力店が並んでいます。現在のは末広町、栄町には、芝居の八千代座、映画のオペラ館、料理店のライオン、カフエーのキャピタル本店などが並ぶ新進で賑やかな歓楽街です。
西幣舞中心市街図に見られる百貨店、商店、劇場、映画館、飲食店などが並び活況を呈する街並みは、釧路市民の生活文化を支え、昭和モダンの文化を伝え、鉄道沿線各地へ斬新な生活文化の情報を発信し交流の街の役割を果たしています。市街図は、道東の中核都市釧路の発展を支えていた記憶です。




