その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(159)丸ト大特売会

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.3.7

 日本経済は、第1次世界大戦後の不況により経済の低迷が続き昭和2年3月金融恐慌が起こります。金融恐慌の影響により釧路経済も低迷が続き、不況時の大正15年、昭和5年、昭和8年の小売価格の状況を見ますと、酒、畳表を除きいずれも2、3割下落し半額以下に暴落した商品もあります。(釧路市史)物価の暴落は経済活動の停滞に繋がり失業など市民生活も混乱が続きます。

 釧路の商業界も従来の老舗とか格式から離れ、不況切り抜け策を実践します。明治39年西幣舞で創業し多くの苦難を乗り越えた西幣舞橋通りの老舗ト北村呉服店の不況対策が釧路で最初の「移動販売」、現在の店舗外販売会でした。

丸ト大特売会の広告

 写真は昭和3年10月20日の釧路新聞に掲載された北村呉服店が実施した移動販売会の丸ト大特売会の広告です。公会堂(元公民館)を会場として他店を圧倒する大きなスペースにモデルを使い、主婦の友推奨、壱萬円懸賞付など、斬新なアイデア広告は釧路市民を驚かせた様です。不況に挑戦し、薄利多売を看板に顧客の獲得に果敢な商戦を展開した丸ト北村呉服店の企画は好評で昭和10年頃まで続き丸ト北村呉服店の経営の基盤を固めます。

 丸ト大特売会は、釧路で初めての試みでしたが、店主北村藤吉の挑戦する気迫が感じられ、同時に不況を契機として新しい時代を迎える釧路の商業界へ大きな影響を与えます。丸ト北村呉服店の薄利多売の戦略は、西幣舞橋通り商店街の中心店舗として受け継がれ、多くの顧客に歓迎され戦前戦後の商店街の発展に貢献します。

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