伝えたい「蔵」の記憶(156)消防本部
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016.2.1
釧路の橋北の街西幣舞は、開拓初期から水不足が住民生活の悩みでした。
西幣舞は、飲料水に不自由をして、橋南地区の水売業者から水を買って飲んでいたが、水無しでは、なんともしようがないのが火災です。ガソリンポンプ、自動車ポンプと機材と人の陣容は整ったが水なしでは消火が出来ません。(釧路市水道50年史)西幣舞に火災が発生すると、殆んど大火となり何度も街の中枢を焼け野原にしています。
昭和2年の上水道通水により、釧路市内に公設共用栓、地下消火栓が設置され、西幣舞の水不足は解消されて釧路停車場と幣舞橋を結ぶ通りの中心市街化を加速します。

写真は、昭和3年11月3日開通した4代目幣舞橋北橋詰に、同4年11月1日完成した消防本部付近の西幣舞の光景です。この位置には、明治44年より消防の第4部番屋が設置され、大正4年には第一番屋となり、多発する西幣舞の大火に挑戦しています。
消防本部は、幣舞橋の完成後に市費5千円と釧路市民の寄付1万5千円により完成します、寄付金額を見ますと市民の防災への関心の高まりを感じます。大火を体験した市民には、釧路市内を一望できる壱百尺の望楼は安心のシンボルの様です。望楼を備えた消防本部、近代的な幣舞橋の親柱、防火対策で拡幅された幣舞通の中央を通る荷馬車、歩道を歩く市民と沿道に見える商店街の光景は、近代都市誕生を感じさせる街並みです。
消防本部が開設された以降は、釧路市内の大火の発生は記録されていません。




