その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(122)枕木積み出し

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.4.6

 釧路地方の森林資源の開発は、明治10年代に釧路川下流域で伐採した木材を釧路まで流送したのが始まりで、佐々木与兵衛が釧路川口地域の郡役所、鳥取県下級士族移住村の官庫及び家屋建築材として、伐採し流送したと釧路の産業史に記載されています。

 森林資源と河川を利用した流送は、明治33年前田製紙合名の創業、同36年草野製軸の操業など黎明期の釧路に工業を誕生させ、不凍港であつた釧路港の木材の集散機能を充実させます。流送された木材は、同30年代後半から躍進釧路の活況を漁業と共に支えています。

 釧路の木材の集散機能を促進したのが、鉄道の開通と延伸です。釧路を起点とした鉄道は、白糠、音別、浦幌まで順次開通し明治38年帯広まで開通し、鉄道沿線に木材伐採地が拓かれ、伐採された木材は釧路へ鉄道輸送されます。明治末期から大正初期までの釧路への木材は、鉄道による貨車輸送と釧路川、阿寒川流域の伐採、流送の二方法により集材され、釧路港より船積されます。

鉄道枕木の船積み作業

 大正7年の記録では、北海道から移輸出する木材の64%が釧路港から船積され、鉄道枕木の89%、木材の43%が釧路港から移輸出されています。大正10年には国内、国外向けの鉄道枕木の全国の9割が、釧路港より移輸出されています。

 写真は、西幣舞の釧路川右岸で見られた日本一の木処を支えた、輸出鉄道枕木の船積み作業の光景です。木材の活況は、木材商社、問屋などの進出、釧路川への桟橋の建設、鉄道の岐線施設整備により西幣舞に新たな街並みを誕生させます。

前「町立病院」    次「此の地に生きる」

TOP