その他 蔵の記憶
公開:2026/03/04 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(99)釧路の夜1

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2014.9.29

 釧路川に架けられた幣舞橋の景観は、春の息吹、霧、夕日、晴天の秋空、雪景色など四季の変化は釧路市民の心を癒やし、旅人の旅情に感動を与えています。

 幣舞橋の景観は、文学にも登場しています。明治41年に来釧した石川啄木、徳富蘆花、昭和31年発表のベストセラーとなった原田康子の「挽歌」で、霧の街釧路のシンボルとして全国に紹介されていますが、先日インターネツトの「北の交差点」(道路雑学研究家三浦宏)に、日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんが詠じた幣舞橋の短歌が掲載されていましたので紹介します。

 都鳥水面かすめて飛びかよふ

 夕日さやけきぬさまいの橋

 夕日に映えた幣舞橋が、世界的な物理学者湯川秀樹さんの旅情を楽しませている短歌です。

「釧路の夜」の歌碑

 写真は、幣舞橋北橋詰の幣舞広場に設置された「釧路の夜」の歌碑です。歌碑の前に立つと自動的に美川憲一が歌う「釧路の夜」が流れて来ます。夕暮れに、歌を聞きながら幣舞橋を眺める旅人の姿が多く見られます。

 「釧路の夜」は、故郷釧路を題材に釧路出身の宇佐英雄の作詞・作曲のヒット曲で、昭和43年第19回紅白歌合戦に美川憲一が出場、「釧路の夜」を歌い全国に幣舞橋を紹介しています。歌碑は、平成5年1月の釧路沖地震の被災に心を痛めた美川憲一が全国でチャリティーコンサートを開き集まった募金と美川憲一の寄付、釧路市民・商店街の寄付、釧路市の助成により完成しました。幣舞橋は、心の懸け橋として全国に釧路の記憶を伝えています。

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